ふと目が覚めたたしぎは、薄暗い部屋で
人の気配を感じた。
床に座り、ベッドに背をもたれさせ
ロロノアが眠っている。
ずっと此処に居たんだ。
とっくに、姿を消したと思っていた。
ベッドの上で身体を起こすと、汗をかいたシャツが気持ち悪かった。
薬のお陰か、熱は下がったようだ。
頭もスッキリしている。
ゆっくりと立ち上がると、ゾロを起こさぬように
そっと、浴室まで足を運ぶ。
船に戻れば、こんなふうに風呂に浸かる時間はない。
今日の夕刻まで戻れば大丈夫だ。
シャワーを浴びながら、バスタブにお湯を溜める。
頭から伝ってくる熱い湯が、心地よい。
じっと目を閉じたまま、昨日の事を思い出す。
何故、ロロノアは、私を助けたのだろう。
亡くなった友人と、私が似ているから・・・
きっと、そうなんだろう・・・
小さい胸の痛みを気づかない振りをして
顔を上げる。
「はぁ〜〜っ。」
大きく息をつくと、バスタブに身体を沈める。
額に当たったロロノアの手の感触が甦る。
担がれた肩の感触。
そっぽを向いた横顔。
熱を計ろうと手を伸ばした時の顔。
眠っていたうつむき加減の顔。
柔らかそうな緑の髪。
急に、同じ部屋にゾロが居ることが
とてつもなく重大な事のように思えた。
立ち上がると、そっと浴室を出て、服を着た。
ガチャ。
ドアを開けると、顔を上げたゾロと目があった。
「起きたか?」
「はいっ!もう平気です。
あ、ありがとうございました・・・」
のそりと立ち上がったゾロは大きく伸びをする。
たしぎは、濡れた髪に被ったタオルを握りしめた。
「オレも風呂浴びてくらぁ。」
「はぁ。」
緊張した身体をどかして、ゾロが側を通り過ぎるのを見送る。
このまま、部屋を出た方がいいのだろうか?
たしぎの考えを読んだかのように、ゾロが
急に振り返る。
「オレが、出るまで、此処に居ろよ。勝手に帰んな。」
と釘を刺された。
ベッドに腰を降ろしたまま、ゾロが風呂場から
出てくるのを待っていた。
何だか落ち着かない。
ゾロが立て掛けていった三本の刀をじっと見つめる。
私は、この刀が欲しいの?
悪党に渡った名刀を回収する。
誓った言葉が、空回りして宙に浮く。
ガタッと音がして、顔を上げると
ゾロが身体を拭きながら出てきた。
上半身、裸のゾロを目の当たりにして、
たしぎは、ますます落ち着かなくなる。
「あっ、あの、昨日の事は感謝してます。
えっと、もう、平気なんで、これで、失礼します。」
慌てて立ち上がるたしぎに、笑いながら、ゾロは尋ねる。
「あぁ、気にすんな。ところで、お前、金持ってるか?」
「お金?あ、はい、少しは持ってます。」
「助かった。昨日、帰ろうとしたら、
宿代、払ってけって。」
あっけらからんと言うゾロを、口を開けたまま、見つめる。
ははは・・・
訳の解らない落ち込みと共に、笑って見せる。
助けてもらったんだから、ここは大目に見ましょう。
年上の余裕、余裕、と自分に言い聞かせながら
「わかりました。」
と答える。
連れ立って、部屋を出て支払いを済ませた。
ゾロが宿屋の主人に尋ねる。
「なんか、旨いもん食わせる所、教えてくれ。」
「それなら、隣で食堂もやってるから、サービスしてやるよ。」
「ありがてぇ。」
ゾロは、たしぎに向き直ると
「腹減らねぇか?」
期待を込めてじっと見る。
「わ、わかりました。もう、しょうがないです・・・」
怒るな、怒るな、と自分に言い聞かせて
ゾロに続いて食堂に入る。
朝から、よくこれだけ食べれるものだと思ったら
もう、昼近くだった。
なんで、ロロノアなんかと、一緒に食事なんか・・・
思いつつ、いつのまにか、つられて料理を頬張っていた。
そう言えば、昨夜から何も食べていなかった。
「・・・美味しい。」
「だろ?」
嬉しそうにゾロが笑ってみせる。
「何で、ロロノアが言うんですか!」
気が付けば、二人で何皿も平らげていた。
「旨かった。ごちそうさん。」
満たされたお腹をさすりながら、
どちらともなく笑いあった。
「お客さん達、観光客かい?
そんなら、岬の展望台に行って見るといい。
あそこからの眺めは、この島、一番だよ。」
「へぇ、そうかい。ありがとな。」
「ごちそうさまでした。」
ペコリと下げた顔を上げれば、
ゾロがすたすたと歩き出していた。
慌てて、その後を追う。
「ちょっと、どこ行くんですか?」
「ん?行ってみようぜ、その展望台とやら。こっちだな。」
「ちょっと、こっちです!それならっ!」
あ〜〜だ、こ〜〜だと言い合いながら
二人で、緩やかな坂道を登った。
パァっと開けた岬の展望台に辿り着くと
ぐるっと街だけでなく、島を一望できた。
「うわ〜〜〜!キレイ!」
海からの風が、うっすらと上気した頬を撫でるように吹き抜ける。
両手を合わせ、ぐーっと上に身体を反らせると
ん〜〜〜、っと思わず声が出る。
ゾロも、気持ちよさそうに目を細めている。
遠慮がちに、たしぎはゾロの隣りに腰をおろす。
何を話すでもなく、沖を通る船を眺めながら
緩やかな時間だけが過ぎていく。
陽射しが少し傾いた頃、半分眠っていたようなゾロが
ゆっくりとたしぎに話しかける。
「どれ、お望み通り、相手になってやるか?」
ドキン。
たしぎの胸が急に、高鳴った。
〈続〉