「わかりました。」
すっと、時雨に手を掛ける。
「バカ、此処じゃねぇ。」
ゾロは、立ち上がって歩き出す。
「ナイフかなんか持ってるか?」
「あ、はい、ありますけど。」
たしぎは、携帯していたサバイバルナイフを
ゾロに差し出す。
「ちょっと、借りるぞ。」
「どうぞ。」
山道を下りながら、ゾロは林の木の枝をはらう。
「これくらいで、いいだろ。」
時折、振って確かめながら、即席の木刀を作った。
二人は、浜辺にたどり着いた。
ゾロは、木切れの一つをたしぎに投げると、自分も構える。
「ここなら、思う存分やれるだろ、さぁ、
かかって来い。」
その余裕が、しゃくにさわりますっ!
たしぎは、大きく息を吸い込むと、
渾身の力を込めて、ゾロに挑んでいった。
グラッ。
たしぎの身体が一瞬揺らいだ。
いけねぇ。
ゾロが、構えを解く。
はぁ、はぁっ・・・
たしぎが肩で息をしている。
「もう、終いだ。
病み上がりなのを、すっかり忘れてた。」
ゾロが、頭を掻く。
「ま、まだ、やれます。」
たしぎが、睨むように、立ち上がる。
「もう、いいだろ。」
「・・・・」
なんだろう・・・
たしぎの心がざわつく。
ゾロがゆっくりと近づく。
隣りに腰を降ろすと、ゴロンと仰向けに寝転がる。
無防備なゾロの姿に、挑む相手を失ったたしぎが
力が抜けた腕をおろす。
諦めたように、ゾロの隣りにペタンと座り込んだ。
「大丈夫か?無理させたな。」
「何でもないです。」
見上げた空が、茜色に染まっていた。
今になって、波音が耳に届く。
海軍とか、海賊とか、何もなかったなら、
こうやって、時間の経つのも忘れて
剣の稽古をするんでしょうか・・・あなたと私は・・・
ただの男と女として、出会っていたなら・・・
ふっと、笑みをもらして、たしぎが首を振る。
気づいたように、
ゾロが目を開ける。
「今日だけだ・・・」
「そんなの、分かってます・・・」
「お前、海軍じゃなかったら、
オレのこと、追ってこねえだろ。」
たしぎの心を読んだかのように、ゾロが空を見つめたまま、答える。
追う理由がない。
たしぎの思考は、また巡る。
ロロノアが、海賊でなかったら・・・
問うだけ、むなしくなる。
「なぁ。」
少しイラついたように、ゾロがぐっとたしぎの腕を掴んで
引っ張った。
たしぎは、バランスを崩してゾロの上に倒れ込んだ。
たしぎの背中に手をやり、自分の胸に抱き寄せる。
「理由が必要か?」
ゾロの声が耳元で響く。
急に跳ね上がった心拍数と共に
耳まで赤くなりながら、ゾロの胸の鼓動を感じる。
足元に触れるひんやりとした砂が、少しずつたしぎを落ち着かせる。
ゾロの心臓の音と、凪いださざ波が、ゆっくりと包み込む。
たしぎは、何も言わずに小さく首を振った。
*****
夕日の最後のひとしずくが、水平線に消えていく。
「いけない。」
たしぎがハッと顔を上げる。
「もう、戻らないと・・・」
身体を起こすたしぎを、ゾロの手は遮らなかった。
片目を開け、たしぎを見上げる。
「行くのか?」
「・・・はい。」
「じゃあな。」
寝ころんだまま、当たり前のように言うと
ゾロは、また目を閉じる。
「・・・」
その顔を、たしぎは、じっと見つめた。
「・・・ロロノア。」
たしぎの声に、目を開けたゾロは、何も言えなかった。
その唇に、たしぎの唇が重なる。
一瞬で離れたそのぬくもりに、ゾロは思わず手を伸ばした。
しかし、素早く立ちあがったたしぎの方が速かった。
「理由なんて、いらないんですよね。」
両手を胸で組んだまま、後ずさる。
「・・・今度は、立ちふさがりますから。」
そう言い残すと、くるりと背を向け、走り出した。
何も言えないまま、ゾロは、たしぎの後ろ姿を見送る。
あぁ、理由なんていらねぇ。
たぶん、これからも・・・
ゾロが、立ちあがる頃には、空に星が瞬き始めていた。
風が心地よく、火照った身体を冷ましてくれる。
それぞれの場所に戻ろう。
そして、また、出会えばいい。
何度でも・・・
〈完〉
二人に、デートさせたかったんです。
たしぎを、ほっとけないゾロ。
ラストは、切なくなっちゃたなぁ。