あれから一週間程過ぎていた。
ゾロは、停泊した島で酒場を探して街をうろついていた。
どうやら、海賊と海軍の捕り物があったようだ、
街全体が、騒がしかった。
走り回る海兵の姿を、ちらほらと見かける。
道の反対側から、海賊らしき男たちが二、三人走ってくる。
後方から、海兵が五、六人で追いかけてくるのも見えた。
目の前の海賊を追うのに必死で、”海賊狩りのゾロ”の姿には
気づかなかったようだ。
ま、こんなもんだろ、と思いつつ、歩を進める。
また、向かい側から海軍の一団が走ってくるのが見えた。
先頭は、たしぎだった。
案の定、ゾロの姿を認めると、すぐに目の前に迫ってきた。
「ロロノア、また会いましたね!今日は、逃がしませんっ!」
息も荒く、海賊と一戦交えてきたのだろう、たしぎの顔は
砂ぼこりと汗にまみれ、額に濡れた髪が張り付いていた。
ゾロは、素直に綺麗だと感じた。
「曹長!」周りの海兵たちがたしぎの後ろで構える。
「皆さん、手出し無用です。これは、私の勝負ですから!
私が倒れたら、深追いせずに撤退してください。いいですね。」
部下たちに鋭く言い放つ。
今日のたしぎは、真っ直ぐにゾロを見つめ、
一歩も引かず、迷いは感じられない。
いい顔だと、ゾロは思った。
時雨を正眼に構える。
ゾロは、思案しているのか、柄に手をかけたまま動かない。
「覚悟っ!」
振り下ろした時雨を、鬼鉄の鞘で受け止める。
ギリッと力をこめたまま、二人とも動かない。
一瞬ゾロが、力をぬき、たしぎの体が揺れた動きを利用して、
時雨を絡め落とす。
カラン!
乾いた音が地面に響く。
くっと顔をあげたたしぎが、そのまま動かなくなる。
ゾロがたしぎの顎に手をかけ、自分の方へ顔を向かせていたのだ。
ゾロはたしぎの顔をじっと見つめ、そのまま、ゆっくりと顔を近づける。
「!」後ろに控えていた海兵たちは、息を呑んだ。
たしぎが唇を奪われた。
ゾロは、たしぎの唇をじっと見つめ、確認したうえで、口を開く。
「今日は、赤いの、つけてねぇんだな。」
いまにも、触れそうな唇。
「なっ、なにするんですかっ!」
ぼこっと鈍い音がして、ゾロの顔が揺らぐ。
たしぎの拳がゾロの頬をぶん殴る。
「いて。なにすんだっ。」
あまり、効いてないが、
ゾロは、なんか、まずいこと言ったか?と戸惑う。
たしぎは、拳を握り締め、はぁーはぁーと荒い息をしている。
ゾロの顔が近すぎて、思った以上に動揺している。
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
伝えるもんは伝えたぞ。
ゾロは、なんとなく不穏な雰囲気に早々に立ち去ろうとする。
「ま、待ちなさいっ!ロロノア!
よくも、勝負のときにこんなルージュのことなんか。何を考えてるんですかっ!
また、手を抜きましたね。許しませんっ!」
「なんで、怒んだよっ!」
ゾロは、訳がわからず、逃げ出した。
結局、逃してしまい、たしぎは隊員たちのもとへ戻った。
「すいません。皆さん。さあ、隊に戻りましょう。」
とたしぎが部下たちに伝えると、皆心配そうに様子を伺っている。
どういうことかと、不審に思い、そばにいた一人に問いかける。
「い、いえ。曹長がロロノアにキスされたなど、我々は、絶対に口外いたしませんから。
あれは、ロロノアが悪いんです。たしぎ曹長の魅力に惑わされたというか、なんというか。」
「ちっ、違いますっ!キスなんて、していませんっ!」
なんでこうなるんですか!もう!
気の毒そうに見守る隊員たちに、何も言えず、
ぐっと言葉を飲み込むたしぎだった。
隊のなかでは、ロロノアがたしぎ曹長の唇を奪ったと、
まことしやかに囁かれ、ゾロは一層、めのかたきにされるのであった。
その夜、見張りで起きていたゾロのところに、
サンジが両手にジョッキを持って、やって来た。
「ほらよっ。」
「なんだよ、わざわざ・・・。」
と、言いながらも、差し入れが嬉しかったらしく、
「ありがてぇ。」と言って、ジョッキを受け取る。
ゾロがごくりとのどを潤すのを待って、サンジが訊ねる。
「で?どうだった。」
急にゾロは憮然とした顔になる。
「どうも、こうもねぇぞ。グーで殴られたっ!グーだぞっ!」
拳を握って、サンジの前に突き出す。
「訳わかんねー。あの女。」
なるほど、左頬が少し赤くなっていた。
「なんて、言ったんだよ。」
「おめーが、変わった所言えっつうから、
今日は赤いのつけてねえのかって、
そしたら、真っ赤になって、殴りやがった。」
黙って聞いていたサンジが、
「ふむ、どういう状況で、その台詞はいたんだ?」
と聞く。
「ん。切りかかってきたから、受けて、刀叩き落として、
そんで、よく見えねえから、顎押さえてよ・・・」
そこまで聞いたサンジが、「は〜〜〜っ」と大きくため息をつく。
「そりゃ、殴るわ。」
「お前、戦ってる最中に、んなことほざくなよっ!」
「オレは、戦っちゃいねぇ。」
ムスッとして、一気にジョッキをあおる。
「ま、ルージュのこと気づいてたってことは、
伝わったから良しとするかぁ。 おまえにしちゃあ、上出来かもな。」
サンジもゴクッっとジョッキを傾ける。
そして、ふぅ〜っと煙草の煙をゆっくり吐き出すと、
可笑しそうに笑いながら、
「そのまま、唇奪っちまえば、よかったんじゃねぇの?」
と、ポツリと呟く。
「いや、うまい酒のつまみだった。ごちそうさん。」
と、サンジの言葉に固まったゾロを一人置いて、
見張り台から降りていった。
<完>