その晩、船に戻ったゾロは、夕食を終え、キッチンで飲んでいた。
奥ではサンジが皿を拭いている。
そこへ、ナミが風呂上りで、飲み物を取りにきた。
「サンジくん。お水頂戴。」
「は〜〜い、ナミさん、どうぞ。今夜も、お肌つやつやですね。」
ハートマークが飛びそうな勢いで、ナミをほめる。
「あら、ありがとう。サンジくんのおいしい食事のおかげよ。」
にっこり、笑って答える。
ナミは、水をもらうと出て行った。
入れ代わりに、ロビンが入ってくる。
「悪いけど、コーヒーをいただけるかしら。」
「もっちろ〜〜ん!ロビンちゃん。メガネ姿も、お美しい〜!」
しばらく、サンジと話して、コーヒーを貰うと、意味深な笑みを浮かべ、
ゾロをチラッと見ると、部屋へ戻っていった。
サンジと二人の会話を、横目で見ながら聞いていたゾロが呟く。
「よくまあ、次から次へと歯の浮くような台詞、出てくるもんだな。
オレにはできねぇ。」
空をみつめて、何かを思い出しているようだ。
その様子を見て、サンジは、
「はぁ?てめぇが鈍すぎるんだよっ!って、お前に誉めたい相手がいるのか?」
そう言うと、すぐにピンときたらしく、
「あぁ、あの海軍のメガネの女性(ひと)かぁ。」
「ちがうっ!」早すぎる反応に、答えを確信して、納得する。
皿を片付け終えると、セラーからワインを取り出すと、自分のグラスを持って
ゾロの傍にやってくる。とっくに空になったゾロのグラスと自分のに、ワインを注ぐ。
「ほれ、今日は特別に味見させてやる。」
普段、ゾロには飲ませないとっておきのワインだ。
ゾロのはす向かいに腰掛けたサンジは、一口のどを鳴らす。
新しい煙草に火をつけ、ふうーっと長い息を吐く。
瞬く間に、空くグラスにワインを注ぎつつ、
「ああ。」とか「うん。」としか答えないゾロから、
ようやく、たしぎが今日ルージュをつけていたこと、
ゾロの顔を見ると、拭い取ってしまったことを聞き出した頃には、
ワインのボトルが、三本空になっていた。
「てめぇのことだから、何も言わずに、その目つきで睨んでた
だけなんだろ。
『素敵な、ルージュですね。あなたにお似合いですよ。』ぐらい囁けよ。筋肉脳みそが!」
サンジの台詞を聞いて、
「そんな言葉は、死んでも吐けねえ。」
とゾロは、さじを投げる。
「確かに、オレも無理だと思う、お前には・・・
よし、わかった、じゃあな、ひとつだけ教えてやる。
変わった所を、指摘するだけでいい。
髪が短くなった。服がいつもと違う。顔色がいい。唇が色っぽい!
これくらいなら、言えるだろっ!いくらお前でも。」
さりげなく、誉める言葉を入れて、筋肉脳みそにインプットを試みる。
「・・・うむ。」
「いいか、女のひとってのは、自分の変化に気づいてくれるだけで、満足なんだぞっ!」
じっと目をつぶって聞いていたゾロは、
「ワインうまかった。ごちそうさま。」と言うと、
立ち上がって、見張り台へ戻っていった。
ゾロが行ってしまうと、サンジは再び、煙草に火をつける。
「まったく、世話が焼ける。まぁ、オレを見習おうとするところは、
認めてやるよ。」と一人笑っていた。
3.5
一方、その夜、仕事を終え、入浴も済ませ、自室へ戻ったたしぎは、
濡れた髪を拭きながら、ボーっとしていた。
ロロノアの前では、何もかも見透かされてしまうようだ。
私は海軍で、それなのに海賊を見逃したことがある。
軍曹となっても、なお正義がなんなのか未だに迷いがある。
剣士であっても、いまだに自分の守りたいものさえ守る自信がない。
女に生まれ、どうしようもできないのにそれを否定したがっている。
男に生まれたかったと言いながら、口紅を塗る。
なんて、矛盾だらけなんだろう。
あの人の前に立つだけで、全てが崩れ去る。
必死に纏っていた鎧が、消えてなくなる。
自分の矛盾を突きつけられる。
そんなロロノアが、名を呼んでくれた。
「たしぎ」と。
わかっています。私はたしぎです。
ただの、たしぎです。
それ以外の何者でもない。何者にもなれない。
わかっています。ロロノア。
タオルで、髪をくしゃくしゃに拭いて、鏡を見つめる。
そこには、ただの私がいる。
わかっています。私は私らしく生きていくだけ。
これで、いいんですよね。
なんだか、ほっとして、たしぎは、少し笑った。
また、口紅をつけてもいいのかもしれない、そう思えた。
<続>