ルージュと涙 2

その日は、軍の備品補充の為、にぎやかな街を歩きまわっていた。
おおかたの物がそろったので、部下に船まで運んでもらう手配をし、 一人で戻ることにした。

人ごみの中に見かけた緑色の髪、はっと思い追いかける。 雑踏を抜け、人気のない街外れに出た。
「まったく、しつけぇなぁ。」
立ち止まった剣士が振り返る。

はぁ、はぁ、と息を整えながら、「ロロノア、勝負です。」
と時雨を抜き、構える。

腕を組んだまま、片方の眉をビクンとあがる。
「だから、おまえとは勝負しねぇって・・・」
と言ったかと思うと、たしぎの顔をまじまじと見つめる。

「な、なに見てるんですか?また、まだ私の顔が気に食わないとか言うんですかっ!
それとも、私の顔に何かついてるんです・・・か?・・・」
と言ったところで、はっと気づく。
めずらしく、さっきルージュを引きなおしたばかりだった。
急に恥ずかしくなる。
私は、ロロノアに女に生まれたくやしさをぶつけていたのに、 その私が口紅なんて。
なんて思われるか。
たしぎはうろたえてしまい、真っ直ぐにゾロの顔を見ることができない。
ゾロは、たしぎの顔を凝視したままだ。

「な、なにか言ったらどうなんですかっ!」
やみくもにつっかかっていくが、まともに顔を見ることができずに、
見当違いの方向に刀を振り下ろしたまま、バランスを崩し前につんのめる。
「なに、やってんだ、お前は。  まったく、やる前から負けてんじゃねぇか。」
あきれたように言う。
「ほらよっ。」と。手をかすゾロの顔は、微笑んでいる。
笑われた。頭にカッと血がのぼる。
口紅をひいているからやさしいの?
いつもと違うゾロの態度に、また混乱してしまう。
こんなことで、動揺してしまうなんて、 軍の皆のやさしさに、浮かれていたのかも。
私、なにやってんだろ・・・

手をついた地面が、にじむ。
ぐっと、手の甲で口を拭う。口紅が、手に移る。
ゾロは、何か言いたそうな顔で、たしぎを見ていたが、 何も言わずに、差し出した手を引っ込める。

「・・・曹長〜!」
遠くから部下たちが、向かってくる、気配がする。
追っての方向をチラッと見て、ゾロは膝をついて下を向いているたしぎを見つめる。

「たしぎ。」
名を呼ばれ、驚いて顔を上げる。
ゾロがしゃがみ込んで、じっとたしぎの目を見つめている。

たしぎは、何も言えずに、動けない。

ゾロはふっと力の抜けた笑みをもらすと、立ち上がり、
「じゃあな。」といつものように、ゆっくりと背を向け、去っていく。

名を呼ばれた。
こんなにはっきり、呼ばれたことなどあっただろうか。
「私はたしぎです。」
と泣きながら伝えた日のことを思い出す。

こんなときに、呼ばなくたっていいじゃないですか。
たしぎは、ぐいっと頬を拭い、顔をあげた。


  <続>