投げ上げたボールが加速度が増して落ちてくるように、
再び、自分の想いさえもたしぎに重くのしかかる。
何もかも許した筈なのに。
自分を許した筈なのに。
海軍として、
剣士として、今まで生きてきた。
女であることはマイナスとしか感じられなかった。
それが、今、ロロノアによって思い知らされる。
こんな感情があったなんて・・・
会えない夜に、ロロノアを想う自分がいる。
あなたに触れたい、
あなたの声が聞きたい。
******
逡巡する想いが、
たしぎの心のバランスに、微妙な影響を与える。
海兵でありながら、海賊の男と通じてしまった罪悪感と
自分の心に嘘はつけないという思いとで
身動きが取れずにいた。
ただ、剣を振るう時だけは、自分の心に素直でいられた。
この剣の先に、ロロノアがいる。
それだけは、何にも惑わされることはなかった。
*****
そんな中、飛び込んできたニュースがあった。
麦わらの一味が、エニエスロビーを陥落させ、
捕らえられた賞金首、ニコ・ロビンを奪って逃走したと。
もはや、海軍全体から注目される海賊団となってしまった。
ニコ・ロビンとは、アラバスタで一度対峙したことがある。
手も足も出なかった。部下も自分も負傷した。
国王を人質に葬祭殿に向かった後、姿を消していた。
まさか、麦わらの一味に加わっていたとは。
オハラの生き残り。ニコ・ロビンに関しては謎が多過ぎる。
自分なりに調べようとしたが、一介の海兵では、
バスターコールがかかった事件のことは、
極秘扱いで手が出せなかった。
麦わら達は、どんどん手が届かないような海賊になっていく。
このままでは、海兵として麦わらを追うことすら出来なくなってしまう。
たしぎの心に、焦りが生まれた。
******
ゾロの目の前に現れたたしぎは、少し痩せたようだった。
一向に縮まらない力の差。
悔しさを感じながらも、ゾロの手を振りほどけないのは
分かっていた。
悲しそうな瞳。
不安が見え隠れする。
たしぎの抱えるものに、オレは何もしてやれない。
かつての、親友が涙を流す姿を重なった。
強くなれ。
オレには、それしか言えないのか。
夢を見た。
強くなれないと泣くくいなの姿が、たしぎと重なる。
お前まで、オレの前から居なくなってしまうのか。
言いようのない不安が、ゾロを襲う。
「・・・くいな・・・」
名を呼んだところで、目が覚めた。
腕の中で眠るたしぎの温もりを認めると、
確かめるように、抱きしめた。
もう、失いたくない。
大事なものを・・・
*****
「ふふふふ・・・」
声をあげて、笑っている自分に気づく。
眠っているゾロを残して宿を出た。
最初から、目の前に突きつけられていた事実を
気付かないようにしてきたのは誰?
自分の馬鹿さ加減に、笑いが止まらない。
ロロノアは、私に亡くした親友を重ねている。
そう、最初から、気に入らないと・・・
私の顔は、彼女を思い出させるから。
それなら、いっそ、私はあなたのくいなになりたい。
ふふふ。
そう願えれば、楽になれるの?
踏ん切りをつけたかったのかもしれない。
あなたを失う理由が欲しかった。
ロロノア。
たしぎって、呼んでくれたのに・・・
今はもう思い出せない。
見上げた空から落ちてくる雨のしずくが
たしぎの頬を濡らしていた。
〈続〉