沁風 2



その週末は、ゾロの所属する陸上部の
クリスマス会兼忘年会があった。

部の公式行事ということで、飲み会にあまり参加しないゾロも
顔を出していた。

引退した4年の先輩も顔を出していた。
殆どが就職先も決まり、いろいろとアドバイスをくれたりする。

「ゾロ、お前はどこ狙ってるんだ?」

「はぁ、まだ、何も考えてないです。」

「ったく、今から動いてないと、もう遅いくらいだぞ。」

「そうなんですか?」


「こいつ、彼女出来て、今、それどころじゃないんですよ!先輩!」
横から、同期が口を挟む。

「うるせ〜な。そんなんじゃねぇ!」



「そうか、青春だなぁ。まぁ、飲め、飲め!」

「就職したら、彼女と離れ離れになる奴なんか、
 いっぱいいるしな。あと、仕事覚えるのが先で、
 どうしても続かないんだって。」

「そういやぁ、お前の彼女、地元に戻って就職だってな。」

「あぁ、遠距離恋愛・・・俺、自信ねぇなぁ〜。」

ゾロは、目の前で交わされる先輩達の会話に圧倒されていた。

将来、いや一年先だって、想像もつかねぇ。

そんな気持ちを飲み干すかのように、グラスを傾けた。




*******



「お疲れ様でした。」

二次会の店を出て、先輩達と別れた時は、
もう終電も無くなっていた。

とはいえ、大学の最寄りの駅前のことだ。
歩いて帰れば済む。

少し飲みすぎたと思いながらも、ゾロは酔ってはいなかった。


てくてくと、アパートに向かって歩き出す。

「ゾロ先輩!」
後ろから声がして、振り向いた。

自転車を引いて歩くペローナがいた。

「おう、お疲れ。なんだ、最後までいたのか?」

「だって、会計だったんだよ。」

「へぇ、それは大変だったな。」

「あれ?お前ん家、こっちなのか?」

「あぁ、橋の先だ。ゾロは?」

部活では、先輩と呼ぶようになったペローナだが、
人がいなければ、ついつい戻ってしまう。

「オレは、団地のもっと先。」

「走って帰るのか?」

「馬鹿!吐いちまう。」

こんな時まで練習すると思われてんのかよ。
自然に笑ってしまう。

「へへへ、だよな。」
つられて、ペローナも笑う。

酒が入っているのだろう、ペローナの顔も赤くなっているように見える。

「あ、プレゼント交換、何もらった?」

「あぁ、そういやぁ、タオルだったかな。」

参加者が予算内でプレゼントを用意して、男女で交換するという
いかにも学生のノリのクリスマス企画だった。

「あたしは、ハンカチだった。」

「無難だな。」
どうしたって、誰に渡るか分からない贈り物なんて、
そんなものになってしまう。

「あ〜〜ぁ、クリスマスだぞ!なんか、こう、アクセサリーとか
 欲しいよな〜!」
ペローナが口を尖らせながら愚痴を言う。

「へぇ、お前でもそんな事、言うのか?」

「どういう意味だよっ!」

ゾロは、たしぎへのプレゼントをアクセサリーにして
良かったと思った。


「おい、ちょっと自転車貸せ。」

「?」
急に言われて、驚きながらもペローナは、
ハンドルをゾロに渡した。

当たり前のように、自転車にまたがると、
「乗れ。」とペローナに指図する。

「え?」

「橋の先まで歩くって、遠いだろ。
 乗っけてってやる。オレも途中まで、楽できるしな。」
子供のような事を言うゾロは、ペローナには意外だった。

「酔っぱらいだろ!お前。」

「もう醒めたよ。ほれ、寒いからとっとと乗れ。」

「つ、捕まるぞ。」

「平気だ。」

おずおずと荷台に横座りする。

「そうやって乗るのか?危なっかしいな。
 お前こそ、しっかり捕まってろよ。」

バイクとは違うなと思いながら、グンと力を入れて
こぎ始めた。

ペローナの手がゾロの脇腹に添えられる。

「くすぐってぇ。もっとしっかり掴んどけ!」

無言で、ペローナの手が腰に廻された。






「あ、ありがとな。」

アパートの前で、自転車を降りたペローナが俯きながら礼を言う。

「オレも、楽できた。サンキュー。」

「なんなら、自転車、乗っていくか?」

「いや、もう走って帰れる。」

「やっぱり、走るんじゃねぇか!」

「あぁ、もう酒はすっかり抜けたしな。」
はははと笑うゾロにつられて、ペローナも笑顔になる。

「じゃ。」
背を向け、行こうとしたゾロが、急に思い立ったように振り返る。

「あ、そうだ。」
ごそごそとリュックの中に手を入れて、小さい箱を取り出した。

「これ、福引きで貰ったんだ。いるか?」

返事も聞かずにペローナの手に乗せる。
「アクセサリー欲しいんだろ。」

「え?」

「お前、ピアスしてるしな。」

「い、いいのか?」

「あぁ、貰ってくれ。」
戸惑っているペローナを見て、ゾロが笑う。

「あ、ありがと。」

「うん、じゃあな。」
軽く手を挙げ、ゾロは走り出した。


嘘だろ。
こんなことって。

夢みたいだ。

ペローナは、いつまでも、ゾロの背中を見つめながら
手の中の小箱を握りしめていた。



******




24日のクリスマスイブは、ゾロの部活は休みで、日中はバイトが入っていた。
たしぎも、昼間はバイトだと言っていたから、
夜にたしぎのアパートに行くことになった。

食事に行き、どこか夜景の綺麗な所にでも行こうか、と言ったら
たしぎは、自分が料理するから部屋でゆっくりしようと言ってくれた。

確かに、外はどこも混んでいるだろうし、ゾロは正直ホッとしたが、
去年に引き続き、何もクリスマスらしい事してないなと、申し訳なかった。

それでも、さっき「これから行く。」と電話したら、
待ってると返事するたしぎの声が、嬉しそうで
胸が熱くなった。

ゾロは、はやる心を抑えながら、プレゼントを抱え、
たしぎのアパートのチャイムを鳴らした。

「はぁい。」
中からたしぎの明るい声が聞こえる。

ガチャ。

ドアが開くと、そこにはエプロン姿のたしぎが立っていた。

「どうぞ。」

頷いて、靴を脱いで部屋にあがった。

もう、何度か訪れているたしぎの部屋。
慣れた様子で、革ジャンを脱いでハンガーに掛ける。

「待ってて。もう少しで出来るから。」

「いい匂いだ。」

「ふふふ、今日はちょっと自信あるんだぁ。」
嬉しそうに鍋の中を見ながら、混ぜるたしぎの横顔が
とても綺麗だと思った。


暫く、見つめていたゾロは近づいて
そっと背中から、たしぎを抱きしめた。

「ロ、ロロノア・・・出来ましたから・・・
 ちょっと・・・待って下さい・・・」

火を止め、ゾロの腕にたしぎの指先が触れる。





「・・・オレ、幸せだ。」

唐突に、口から出た言葉に、自分でも驚く。
それでも、この言葉に偽りはないと、
たしぎを抱きしめる腕に力を込める。



「あ・・・あたしもです。」

俯くたしぎの頬に唇を寄せる。




「ずっと、離したくない・・・」

たしぎは黙って、こくんと頷いた。



ゾロは、心からずっと一緒にいられることを願った。



「どうしたんですか?急に・・・」

たしぎが、ゆっくりと振り返る。

ゾロと目が合った。

「どこにも、行ったりしません。」

優しく微笑むと、たしぎはゾロを、そっと抱きしめた。



澄みきった冬の星空の元、二人の夜は静かに更けていく。

キャンドルの火が揺らめきながら、灯るように。

暖かく、そして、儚げに・・・




〈完〉




幸せ過ぎると急に不安になったりするんですよね