霜風


2 


ゾロのアパートに向かう途中、コンビニに寄り、弁当を二人分買った。
カゴの中にひと通り買う物を入れると、
ゾロは財布をたしぎに渡した。

「なんか、必要なもんあったら、買っとけ。」
と言うと先に店を出た。

たしぎは、少し迷って、歯ブラシを買った。

部屋に着くと、まずは弁当で腹ごしらえをした。
そして、一緒に買ったロールケーキで誕生日を祝った。
「お誕生日、おめでとうです。ロロノア。」
「あぁ、ありがと。」
特に祝うつもりでもなかったが、改めて言われると、
なんだかくすぐったいような、照れくさい気がした。

「お前の分も、一緒に。」
「あ、ありがとう。」
たしぎは、少し赤くなった。
二人で、小さなケーキを半分ずつ食べた。
話したいことも沢山あった筈なのに、たしぎは上手く話せずに、
二人でテレビばっかり眺めていた。
どうしちゃったんだろ。


「オレ、シャワー浴びてくるな、汗かいたし。」
「あ、はい。」
ゾロは、そう言うと立ち上がり、風呂場へ消えていった。

一人になって、少しホッとする。
なんか私、緊張してる。

しばらくして、風呂場のドアが開いた気配がし、
ゾロが出てきた。
たしぎのすぐ側を、バスタオルを腰に巻いたまま通り過ぎると、
引き戸を開け、隣りの部屋に入っていった。
あまりの衝撃に、たしぎは固まって動けなくなった。
ガラッと戸が開いて、Tシャツと半パン姿のゾロが現れた。
「わりぃ、いつもの癖で、何も用意しないで、風呂入っちまった。」
バスタオルで頭をゴシゴシ拭いている。

冷蔵庫に向かうと、中から缶ビールと取り出して、
立ったまま、飲み出す。
「お前も、飲むか?」

「いえ、だっ、大丈夫です。」
「?」
「どうした?何か変だぞ。」
「いえ、だ、大丈夫です。」

「・・・何だよ、さっきから、変だぞ。」
「そ、そんなことないです。」
たしぎは、テレビから視線を外さずに答える。
そして、唐突に、
「あ、やっぱり、お風呂借ります。」
と言うと、バタバタをゾロの前を通りすぎると
風呂場へと消えていった。

バスタブに湯をためながら、座り込んで下を向く。
まともにロロノアの顔を見ることが出来ない。
ロロノアは全然普段通りだし、私ばっかり、変なのかな。
この胸を締め付けられるような感覚を、
どうしていいのか分らないまま、お湯に浸かっていた。

居間の方からガタガタと物音が聞こえ、自分が随分長い間
風呂に入っていたことに気づいた。
いけない。
手早く、風呂場から出ると恐る恐る居間を覗く。
テレビはつけっぱなしで、テーブルの上にメモが置いてあった。

着替えある
おやすみ


見ると、テーブルの横には布団と上に着替えのTシャツとパーカー、
ジャージがたたんで置いてあった。
「ロロノア?」
隣りの部屋に向かって声を掛けたが、返事はなかった。
もう、眠ってしまったんだろうか。

またロロノアに気を遣わせてしまったようだ。
無理もない。
私、変だもの。
自分でもよくわからない。

ゾロが用意してくれた着替えを着ると、
水を一口飲んだ。
はぁ〜〜っと、大きく息を吐くとテーブルにぺたっと
頬をつける。
テレビ台の下には、CDとDVDが並んでいる。
どんなの聴いてるのかな。
バイク雑誌も置いてある。
横の棚には、パソコンと、教科書と、少しの文庫本。

シンプルで、すっきりした部屋。
ここで、ロロノアは生活してるんだ。
心地よい部屋。





******



ガラッとゾロの寝ている部屋の戸が開いた。

「ロロノア!」
戸を開けたのはたしぎだった。
四つん這いになったまま、ゾロの様子を伺っている。
「ロロノア、眠れません!」
眠れないのはゾロのせいだと言わんばかりに
布団を引きずったまま、ゾロに近づく。

「ねぇ、ロロノア!」
ゾロの肩を揺すって起こそうとする。
ゾロは夏用のタオルケット一枚にくるまり、
耳にイヤホンをつけて丸まるように眠っていた。
やっぱり、布団ひと組みしか無かったんだ。
これじゃあ、風邪ひいちゃいますよ。
「ロロノア?」
イヤホンをはずそうとしたとたん、
ゾロがガバっと起き上がった。
「なっ、何だよ!どうした?なんかあったのか?」
もの凄く、驚いた顔をしている。

「一人じゃ、眠れないんです。」
たしぎは、困ったように訴える。
暫く黙ったまま、たしぎを凝視していたゾロが
ふと居間に目をやると、テーブルの上にビールの缶が転がっている。

「飲んだのか?」

「だって、ロロノア、先に寝ちゃうんですもん。」

「そ、それは、お前が・・・」
ダメだ。酔っ払っている。
「お布団掛けないと、風邪ひいちゃいますよ〜。」
にこやかに、布団をゾロの上に掛けると、そのまま抱きついた。
「うわぁ、あったか〜〜い。」
「ちょっ、ちょっと待てよ。おい。まずいだろっ!」
焦りまくるゾロに構いもせずに、たしぎは猫のようにスリスリと身体を寄せる。
「これで、やっと眠れそうです・・・」
嬉しそうに、ゾロの胸を枕にして目を瞑る。
「おやすみなさい・・・」

「おいっ!どけよっ!」
いくら言っても、たしぎは、動こうとしなかった。
そして、気持ちよさそうに寝息をたて始めた。



「卑怯じゃねぇか・・・」
固まっていたゾロは呻いて、諦めたように身体の力を抜いた。
「これじゃあ、何されても文句言えねぇぞ、おい。」

そっとたしぎの頭を撫でた。
天井を仰いで、目をつぶったまま、たしぎの温もりを感じていた。
思い出す。酔っ払ったたしぎが、ゾロの部屋を訪ねて来た時の事を。
あれから、少しはお前の中に、オレの占める場所は増えただろうか。

そして、むくっと起き上がると、たしぎを起こさないように
身体を退ける。
布団を掛けなおしてやると、ゆっくり立ち上がった。
何もしねぇって言ったからには、手は出せねえしな。


頭を二三回振ると、自分の頬をピシャッと叩いた。
眠れねぇのは、こっちだろ、まったく。

ゾロは、少し早すぎるランニングに出かけた。



********


たしぎが目を覚ますと、時計は午前10時を指していた。
うわぁ、もうこんな時間。

あれ?なんで、私こっちの部屋に居るんだろう。
やけに頭が重く、眠れずに冷蔵庫から缶ビールを出して
飲んだことを思い出した。
這うように居間に移動すると、ゾロがもう出かけてしまったことに気づく。

テーブルの上には、部屋の鍵とメモ。

鍵はこの次会った時でいい


メモと一緒に交通費ほどのお金が置いてあった。

次第にハッキリする昨夜の記憶。




たしぎは、ゾロのアパートを出るとバスで駅まで行った。
駅前で、アパートを管理している不動産屋に行き、
部屋を開けて貰った。
「すいません。」
ペコリと頭を下げ、開けてくれた不動産屋を見送って、
自分の部屋に入ると、気が抜けた。

目まぐるしく、いろんな事が起きた一日だった。

仲直り、出来たのかな。
ロロノアは、以前と変わらない様子だった。
いつものように、ぶっきらぼうで、言葉も少なくて、
優しかった。



*****


月曜日に大学へ行くと、
すぐに教授を訪ね、研究室から荷物を持ってきた。
中身は、なんともなかったし、プレゼントもそのままだった。

昼休みにゾロの携帯に電話をかけた。
「あの、金曜日はありがとう。
 ・・・いろいろとご迷惑おかけしました。」
ブッと電話の向こうで、吹き出す気配がした。
「お前、ほんっと・・・」
くっくっと笑っている。
「あ、あの、ごめんなさい。」
焦る。
「荷物あったか?」
「はい。」
「よかったな。」

「あの、お金も返したいし、お礼も・・・」

「・・・ん、そんじゃあ、映画でも行くか。
 この前、言ってたろ。まだ、有効か?」
「も、もちろんです!」

「じゃ、決まり。」
たしぎが返事をする前に、唐突に電話が切れた。
驚いて、かけ直そうとしていると後ろから声がした。

「何観るか、決めとけよ。」
振り向くと、携帯を片手にゾロが立っている。
にやっと笑って、もう片方の手に持ったコンビニの
袋を掲げる。
「プリン、一緒に食うか?」

たしぎは、思い切り頷いた。

降り注ぐ弱い陽射しが、急に暖かく感じる。
落ち葉を散らす風ですら、たしぎを笑顔にさせてくれた。



〈完〉




デジャヴじゃないよ!進展してます。ははは・・・