それでもいいと 1 〜旅の始まり〜




ガタン、ガタンと揺れる車内で
たしぎはスモーカーの斜め前に座っている。

窓を流れる景色は、のどか過ぎて
さっきから変わり映えがないように思える。


「何、読んでるんですか?」

汽車に乗ってから、一言もしゃべらずに
熱心に本を読んでいるスモーカーに声をかけた。

「ノーランドの旅行記だ。」

スモーカーは顔もあげずに答える。

ノーランド・・・
どこかで聞いたような。

「あぁ、うそつきノーランド!確か、絵本の主人公ですね。」

ちらりとたしぎを見る。

「そうだ。だが、冒険家、植物学者としてもかなりの書を残している。」

相変わらず、そっけないままだ。


「へぇ、そうなんですか。よっぽど面白いんですね。
 スモーカーさんこの頃、熱心に読んでますもの。」

たしぎが覗いた本の余白には、スモーカーが書き込んだのか
細かい文字が見てとれた。


「・・・・」
スモーカーは何も言わずにパタンと本を閉じると、
目を閉じ、小さく息を吐いた。


スモーカーさんの頭の中は、何かに占められているよう。


あからさまに心配すれば否定されるのはわかっている。
たしぎは、努めて明るい声を出した。


「せっかく、遠出してるんですから! 楽しまなくちゃ!
 窓、開けますね。」

窓の両側のばねを押さえたまま、上に引き上げると
気持ちのよい風が車内に吹き込んでくる。

「うわぁ、気持ちいい。」

風に流される髪を構いもせずに、たしぎは顔いっぱいに風を受け止める。


スモーカーは、大きく葉巻を吸いこむと
風下にむかって煙を吐き出す。

流れていく煙の向こう側の無邪気な横顔を
目を細めて眺めていた。



******



遠出をしないかと誘ったのは、スモーカーだった。

「次の非番、なんか予定あるか?ないよな。」

たしぎの返事も聞かず、話を進める。

「こんな所、興味あるか?」

ひらりと差し出したのは、一枚のチラシだった。

「綺麗!」
たしぎはそれを見て、思わず声をあげた。

チラシの写真には、青空のもとどこまでも続くラベンダー畑や
夕日に染まる山々の景色が映っていた。

「ちょうど見頃だそうだ。こっから、列車で一日で行ける。」


「ど、どうしたんですか?急に。」

みなまで言わなくともわかる。
おそらく一緒に行くぞ、ということだ。

「あ、G-5の皆も一緒に、隊の慰安旅行ですか?」

「いや、俺とお前の二人でだ。」


「えっと。」

たしぎは、勤務のローテーションを思い出す。
隊長と副隊長の二人が共に休みを取ることなど、皆無に等しい。



「部下達の本部研修と重なった。その二日間は
 俺達の部隊は全面休暇となる。休暇といっても、
 曹長以上の階級の者だけだがな。」

「そうなんですか!?」

スモーカーが自ら休暇の事を言い出すなんて珍しいとたしぎは思った。

「でも、いいんですか?せっかくの休暇に、私を一緒なんて。」

「お前は嫌か?」

ストレートな質問に、目が丸くなる。

「そっ、そんな!嫌な訳ないですか!こ、光栄です。」

大げさすぎるくらいに全力で否定する。
この話はどこに向かっているんだろうと、頭の片隅に浮かんだ。


「じゃあ決定だ。部下達には秘密にしとけ、なにかと煩いからな。」

「はい。」

思い通りに話が進んだようで、スモーカーは満足げに仕事に戻った。




一人になり、自分の机に向かいながら、たしぎはなんだか落ち着かなかった。


わざわざ部下達に秘密にしなくても。
非番の日に仕事がらみの用事以外で、一緒に出かけることなんて。

そもそも、どうして上官に最も似つかわしくないような花畑などに
急に出かける気になったのだろう。

まさか・・・

デート?

スモーカーさんに限ってそんなことはありえない。

たしぎはぶんぶんと頭を振った。


ふうっとたしぎは息をついた。

考えすぎだ。
いつもどおり。
何も心配することなどない。

きっと激務が続いて疲れが溜まっているのだろう。
スモーカーさんだって、リフレッシュしたいと思うこともあるだろう。

たしぎは、自分も素直に小旅行を楽しむことにした。




<続> 




H26.7.17