それでもいいと 2 〜旅の始まりU〜




旅先での宿の部屋で、たしぎは荷を解いていた。

訪れた高原は、素晴らしかった。
一面に花が咲き乱れ、大地の緑と青い空とが目に鮮やかで、
海とは違う自然の美しさに、いつまでも留まっていたかった。

くすっ。

たしぎは思い出して笑った。

名物の高原ソフトを食べたそうに眺めていたのを
スモーカーが気を利かして、たしぎが産直の店内を回っている間に買ってくれた。
店を出て、スモーカーを見つけ、側に行った時には、 持っていたソフトクリームは溶け始めていた。

手をどろどろにしながら、途方にくれていたスモーカーの顔が、
妙に可愛いかった。

「柄にもねぇことするもんじゃねぇな。」

照れくさそうに手を洗うスモーカーの傍らで、甘いソフトクリームは
とても美味しかった。


あ、もう行かなきゃ。

7時に食事に行く約束で、宿のロビーの前で待ち合わせている。

たしぎは持ってきた服に腕を通した。

いつか休暇のときにでもと思い、買った白いワンピースだ。


ノースリーブにふわりとしたスカートは、とても女らしく
時雨を携えていなければ、とても海軍の大佐には見えないだろう。

普段の格好とはまるで違う装いで、恥ずかしい気もしたが、
せっかくの休暇ということが、たしぎの背中を押してくれた。



******


宿の入り口には、スモーカーがすでに立っていた。

ワンピース姿のたしぎを見ると、少し目を見開いて
「よく似合うじゃねぇか。」と褒めてくれた。

「どれ、そろそろ行きましょうか。お嬢さん。」
にやっと笑って、腕を差し出す。

きょとんとしてたしぎがスモーカーの顔を見つめる。

「一応、エスコートしないとな。」

あ、と気づくいて、おそるおそるスモーカーの腕に
手をまわした。

黙って歩いているとスモーカーの腕のあたたかさが
手のひらから伝わってきた。



*******


「はぁ〜、美味しかった〜!もうお腹いっぱいです!」

食後のコーヒーを前に、たしぎはお腹をさすった。

ふっと笑ってスモーカーが葉巻に手を伸ばす。

「デザートは入んねぇか?」

「いや、デザートは別腹です。」

「だろうな。」


運ばれてきたアイスがのったパイを頬張るたしぎを
スモーカーは優しいまなざしで見守っていた。

食べ終えたたしぎの前に、スモーカーが本を差し出した。

「スモーカーさん、これ・・・」

最近ずっとスモーカーが携えていたローランドの旅行記だ。

「読むか?」

「いいんですか?」

「あぁ、俺は十分読んだから、お前にやる。」

「そんな、ちゃんと読んだらお返しします。」

「・・・そうか。」
少し声のトーンが下がる。

私、何かまずいことを言った?

「あ、ありがとうございます。面白そうですね。」
たしぎは本を手に取り、胸に抱える。

「あぁ・・・休暇が終わったら、ゆっくり読めばいい。」

歯切れの悪いスモーカーに、少し首をかしげながら
たしぎは本をバッグにしまった。



「行くか。」

「はい。」

店の外に出ると、あたりはすっかり暗くなり、星が瞬き始めていた。
街中でも、風は涼しく澄んでいて気持ちよかった。

「少し歩こう。」

たしぎの返事も待たずに歩き出すスモーカーの背中を追った。


なんだろう。今日のスモーカーさん、変な感じ。


たどり着いた公園には大きな噴水があった。
しぶきをあげながら落ちてくる水音に、ライトアップされ色が変わる水面は、
たった一日しか離れていない海を恋しく思わせた。

「気持ちいいですね。」

水に手を浸し、たしぎはスモーカーを振り返る。


少し後ろに立つスモーカーは
何か言いたげだ。

「どうしたんですか?スモーカーさん、なんか今日は変ですよ。」

思い切って口に出してみる。

近づくたしぎを、スモーカーは黙って見ている。



ふとスモーカーの視線が揺らいで、たしぎの背後に向けられた。
瞳に映る影。

たしぎが振り返ろうとした瞬間、首筋にチクリと痛みが走る。

え?

途端に身体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。

何かに包まれるように、たしぎの目の前は暗くなった。




<続> 




H26.8.4