「おい、平気なんだろうな!」
柄にもないスモーカーの心配そうな声が聞こえる。
「あぁ、問題ない。軽いコールドスリープ状態だ。」
「そうか・・・あとは・・頼む・・・」
途切れ途切れの声が遠くなる。
誰と話しているんだろう?
たしぎはいぶかしながらも、自分の無事を知らせようと声を発した。
「・・・う・・・」
聞こえてきたのは、自分のうめき声だった。
頭の中ははっきりしているのに、身体が重くて自由にならない。
「おい、気づいたか?気分はどうだ?」
誰?
さっきとは違う聞きなれない声に戸惑う。
たしぎは首を振って、どうにか目を開けた。
柔らかな色調の木の壁。
丸い窓。
あぁ、船だ。
たしぎは安心する。
船に戻ったんだ。
・・・いつ?
どうやって?スモーカーさんは!?
身体を起こすと、ベッドの側にいるトナカイを目が合った。
!
見覚えのある顔。急に押し寄せる不安感。
周りを見回せば、軍の船とは内装が違う。
そして何よりも、目の前にいるのはたしぎもよく知っている
麦わら海賊団の船医、チョッパーだ。
たしぎは、船医が止めるのも聞かずに、
ベッドから下りると部屋のドアを開け、甲板に飛び出した。
たしぎの目の前には見慣れた海の青が広がっていた。
遮るもののない空からは、陽射しが真っ直ぐに降り注いでいる。
島の影もなく、海鳥の声も聞こえない。
見渡す限りの大海原に、ここが陸地から遠く離れた所だと教えてくれた。
身体に力が入らず、たしぎはその場にへたり込んだ。
「おい、急に動くなってば!」
追いついたチョッパーの声に振り向けば、
たしぎの視界いっぱいに、風をはらんだ海賊旗が飛び込んでくる。
間違えようもない。
ここは、麦わらの一味の海賊船だ。
駆けつけたチョッパーが、手にした薄い毛布をかけてくれた。
「無理しちゃいけない。部屋に戻るぞ。」
たしぎは素直に従った。
立ち上がると、白いワンピースの裾が目に入る。
私は、確かにこの服を着て、あの高原に居たのに。
医務室に戻ると、
たしぎは、頭から毛布をかぶってうずくまって目を閉じた。
なぜ?
どうして?
さっきからずっと同じ言葉が頭の中を巡っている。
スモーカーさんと一緒に居たはずなのに・・・
たしぎは、いきなり身体を起こすと船医に向かって声を荒げた。
「スモーカーさん!スモーカーさんはどこです?無事なんですか?」
「おい、ちょっと落ち着けよ!」
たしぎの勢いに押されてチョッパーは後ずさる。
「気分悪くないか?」
「私は平気です!それよりスモーカーさんはどうしたんですかっ!??」
「わかった!ちゃんと説明するから、まず落ち着いて。
な、いいか?診察してからだ。」
チョッパーの冷静な声に呼応するように、たしぎは強張ったまま黙って頷いた。
背中に聴診器をあてるチョッパー。
指示された深呼吸が、たしぎを幾分落ち着かせる。
「寒気は?」
「・・・少し。」
言われて気づく。さっきからずっとゾクゾクする感じが続いている。
「吐き気は?」
「・・・ないです。」
「何か飲めそうか?」
「・・・」
コクリとたしぎは頷いた。
チョッパーはドアを開け、外の誰かと話しているのを
たしぎは、毛布をまとったまま、ぼんやりと聞いていた。
ほどなくして、ノックとともに黒足のサンジが現れた。
ティーカップをのせたトレイが目に入る。
「たしぎちゃん、気分はどう?
特製のジンジャーミルクティーだ。ゆっくり召し上がれ。」
そう言って、カップを手渡すと静かに出ていった。
チョッパーも、すぐに戻ると言い、部屋を後にした。
一人になって、紅茶に口をつけると
甘い香りに包まれた。
ひとくち、ふたくちと、身体の芯から熱くなるのを感じた。
大丈夫、なんともない。
たしぎは手を握ったり開いたりして確かめていた。
首をまわし、肩をまわし、紅茶を飲み終える頃には
ふらつきも消えていた。
これで戦える。
誰と?
この麦わらの一味と?
再び思考が止まり、疑問が頭を占めようとした瞬間、
部屋のドアが開いてチョッパーが顔を出した。
「どうだ?落ち着いたか?」
「平気です。」
たしぎは立ち上がった。
その様子を見て、チョッパーは頷いた。
「ルフィが会えるか?って。一緒に食堂に行こう。」
「は、はい!」
たしぎの心臓は急に跳ね上がった。
無防備な自身を守るものは何もない。
麦わら達は、敵なのか味方なのか。
羽織った毛布をぎゅっと握りしめたまま、
その真っ只中に、足を踏み出すしか他に道はなかった。
<続>