ガチャ。
チョッパーがドアを開けると、そこは広い食堂だった。
大きなテーブルには所狭しと並んでいるサンドイッチやスコーン、
焼き菓子を前に、麦わらの一味が勢ぞろいしていた。
「うめぇな、これ!サンジ!」
カチャカチャと音を響かせながら船長の麦わらのルフィが、
何か口いっぱいに頬張っている。
誰もがたしぎが入ってきたことなど
気にもとめない様子で、お茶を楽しんでいる。
「たしぎちゃん、どうぞ。」
サンジが椅子を勧める。
言われるままに、目の前の椅子に腰掛けると
すぐに湯気の立った皿が給仕された。
「まずは、これ。特製スープだよ。ゆっくり召し上がれ。」
それから流れるような手つきで、サンジが食べ物を皿に盛り付けてくれた。
「三日も眠ってたんだから、お腹すいたでしょ。」
「三日も!?」
たしぎは驚いて声の主、ナミを見た。
「そうよ。この船に運ばれてから、丸一日経ったもの。」
「運ばれたって・・・私・・・なんで、ここに居るんですか!?」
たしぎの声が響くと、食堂はシンとなった。
ただ一人ルフィを除いては。
もぐもぐと口の中の詰め込んだ食べ物を咀嚼すると、
カップの紅茶を飲み干して、
どんとテーブルに置く。
「うめぇ!おかわり!」
「いいから、説明してやれよ、ルフィ!」
サンジがたまりかねて、催促する。
「あぁ、このそうだな。お前はこの船で預かることになった。」
「預かるって!?」
「あぁ。ケムリンに頼まれた。お前をかくまってくれって。」
「ス、スモーカーさんにですか!?どうして!
それに、かくまうってどういう事ですかっ!?」
たしぎの声はほとんど叫び声に近かった。
「オレも、よく知らね。青キジも詳しいことなんも言わなかったしな。
まぁ、気にすんな。なんか困ったことがあったら、すぐに言え。
誰かなんとかしてくれんだろうから。」
ニシシシ〜と笑うとルフィは再び目の前のスコーンに取り掛かった。
その以上たしぎは言葉を続けられなかった。
「青キジから話があったのは、つい一週間前だったの。
海兵を一人、預かってくれないかって。」
見かねて話し始めたナミをたしぎは食い入るように見つめた。
「聞けば、たしぎ、あなただっていうしから。
事情は聞かないでくれ、スモーカー中将からの依頼だとしか、
青キジは教えてくれなかったわ。
私たち、青キジには、ちょっとした借りがあったから。」
ナミはウインクをする。
「あなたの上官は、何かしでかしたのかしら。」
ナミの隣に座っていたロビンが聞いてきた。
たしぎはブンブンと首を振って否定する。
「そんな!スモーカーさんに限って。」
「あなたを海軍から匿って欲しいって。これは何を意味するのかしら・・・」
海軍から?
全てがたしぎにとって謎だった。
「海軍に追われるようなことをしてしまったと考えるのが妥当よね。」
「・・・そ、そんなバカな・・・」
「ふふふ、まぁ様子を見守りましょう。」
どこか、この状況を楽しんでいるかの様子で、ロビンはカップに口をつけた。
助けを求めるように、見つめたナミは小さく肩をすくめただけだった。
「なにも心配することはないからね、たしぎちゃん!
俺がついてるから!」
サンジがにこやかに、自分の胸をたたいてみせる。
「匿うってことは、アンタがこの船に居ることが海軍にバレたら、
追っかけられるってことだろう!」
ウソップが心配そうに呟く。
「ま、居ても居なくても追っかけられるのに変わりはねぇけどな。」
たしぎの顔を見て、マズッたばかりにへへへと笑う。
鼻をこすりながら、ヘタなウィンクをたしぎに向けた。
「預かったお前の荷物はこんだけだ。」
一人コーラを飲んでいたフランキーが部屋の隅から
たしぎの荷物を運んできた。
時雨!
たしぎは思わず駆け寄ってフランキーから奪うように
時雨を抱きかかえた。
敵陣の真っ只中、真っ直ぐ武器に向かい走るなど、
なんて馬鹿な事をしてしまったんだろう。
はっと気づいて、気まずそうに周りを見ても
たしぎの行動を気にする者など誰もいなかった。
「す、すいません。つい・・・」
思わずフランキーを見上げあやまる。
「いいってことよ。それより、なんか必要なもんがあったら、
遠慮なく俺様に言えよ。作ってやっから。あぁ、ベッドはもう
女部屋に作ったからよ!」
フランキーも下手なウィンクとともに親指をあげて見せた。
「やはり、午後には紅茶にかぎります。ゲフッ♪おっと失礼、お嬢さん。
あの〜、パンツ見っ!」
ナミのパンチがブルックの顔にのめりこんで、ブルックが何を言おうとしたのか
たしぎにはわからなかった。
「え〜、お詫びに一曲。」
何事も無かったように、
バイオリンを手に、ブルックは、ゆるやか調べを奏で始める。
「眠ってる間、点滴をしてたから、栄養は不足してないはずだ。
ただ、しばらく消化してないから、少しずつ食べるんだぞ。」
チョッパーが隣で、牛乳を飲みながら注意を促す。
あ、と気づいたようにたしぎは頷いた。
スープに口をつける。
「おいしい・・・」
思わず声が出た。
「だろ!」
顔をあげればサンジが、にっこりと笑いかける。
パンクハザードでみんなで食べた食事を思い出した。
あの時は、海軍も麦わらも一緒になって・・・
湯気で曇った眼鏡を拭くふりをして
そっとまぶたをぬぐった。
泣いている場合じゃない。
これから、どうするか考えなくちゃ。
たしぎは自分に言い聞かせた。
ガタンと音がして、たしぎは顔をあげた。
「ごちそうさん。」
食堂の奥のカウンターに、たしぎに背を向けていたゾロが
立ち上がったところだった。
ロロノア・ゾロ
たしぎは心の中で、その名を呼ぶ。
ふと振り向いたゾロは、眉間に皺をよせ、不機嫌そうに
たしぎを一瞥した。
たしぎは一瞬身構える。
ゾロは、そのまま何も言わずに食堂から出ていってしまった。
「ゾロなら何か聞いてるかもよ。」
ロビンが呟く。
「あなたを連れてきた青キジに
すごい勢いで詰め寄っていたもの。」
どう答えていいかわからず、たしぎは自分の指先に視線を落とした。
「とにかく、この船に早くなれるこったな。」
ウソップがクッキーを二三枚つかむとポケットにいれながら
出て行った。
「食べたら、船を案内するわ。」
ナミが笑顔をむけてくれた。
「でも、荷物あれだけなのね。着替えも必要ね。
いいわ、私のあげる!気にしないで!ツケとくから!」
ナミの勢いに押されて、ただ頷く。
やわらかな甘い香りに包まれて、どこかこれが
夢であってほしいと、望んでいるたしぎだった。
<続>