それでもいいと 5 〜海賊船V〜




ザザー・・・ザザー・・・

普段は眠りを誘う波音が、耳につく。


揺れる船は、たしぎの胸のうちをもゆらゆらと揺らし 片時も落ち着かせてくれない。


はぁ。

短く息を吐くと、たしぎはベッドから身を起こした。

三日も寝てたんなら、眠れる訳ないか。

眠ることをあきらめて、そっと部屋を出る。



甲板に出れば、波音は更に高く、風が髪を乱す。

たしぎはゆっくりと歩いて船尾へ移動する。

サニー号の航路が白く月に照らされて、道のように遥か水平線へと
続いている。

ここはどこなんだろう。

スモーカーさんといたあの高原からは、もうだいぶ離れてしまったのだろう。

まだあの場所に、スモーカーさんはいるんだろうか。
休暇はもう終わっている筈。


はっと顔をあげる。

このまま、任務に戻らなければ
私はどうなる?

十分に処罰の対象となる。ともすれば除隊?


そこまでして私を匿うというのは、どういう意味を持つのだろう。


「スモーカーさん・・・」

思わず口からもれた名前に胸が痛む。

いつのまにか船の縁を、ぎゅっと握りしめていた。


ガタン!

背後の物音に、たしぎはビクッと身体を震わせる。

振り向くと、そこにはいつの間にかゾロが立っていた。

「あんまり、うろうろすんじゃねぇ。」

「すっ、すいませんっ!」


「・・・・」

「なんだか、眠れなくて。あっ、あの!」

「なんだ?」

「青キジからなにかスモーカーさんの事、聞いてませんか?」

「・・・いや、別に。」

「なんでもいいです!スモーカーさんの事、教えて下さい!」


「何も、聞いてねぇってよ!」

ますます機嫌が悪くなる。

くっと顎をあげ、見下ろすゾロの三白眼が冷たく光る。



「事情は知らねえが、スモーカーがお前をこの船に託すって決めたんだろ。」

「でも、スモーカーさん、きっと何か危険なことをしようとしてるんです!」


「それを、お前に知らせたくないから、手元から離したんだろうが!」

「スモーカーさんの身に何かあったら!こんな所でじっとしてる訳には!」

声を荒げるたしぎに、ゾロは目を閉じ、大きく息をつく。

たしぎが黙るのを待ち、ようやく静かになったその瞳を真正面から見据えた。

「スモーカーってのは、そんなに信用できねぇのか?」


聞き分けのない女に止めを刺すかのように、
人差し指をたしぎの眉間に突きつける。


「・・・・」


ゾロの言葉は冷たい刃となって、たしぎの胸に突き刺さった。

返す言葉もなく、うな垂れたたしぎは、その場に座り込んだ。
最初から、ゾロなど居なかったかのように、抱えた膝に顔を埋めじっと動かない。



ゾロは、それ以上声をかけることもなく、その場を離れた。




******



今は、何を言っても届かない。



マストの上のトレーニング室に戻ると
いつものように、重りのついた鉄の棒で素振りを始めた。

ガチャン、ガチャン。
重りがぶつかりあう音が部屋に響く。


ゾロは思い出していた。
青キジがこの船にやってきた時のことを。


仲間と共に、青キジの小船から引き上げた大きな箱を
開けると、まるで死んでいるかのように血の気を失ったたしぎが横たわっていた。

「あ、注意しろよ。今低温冬眠中だ。後でゆっくり解凍するから。待ってろ。」


ゾロは、まるで棺のような箱の前から動けずにいた。

青キジがルフィとの話を終え、たしぎの元に戻ってくるまでの時間が
とてつもなく長く感じた。



青キジが戻り、たしぎの頬にほんのりと赤みがさすと
ようやくゾロは大きく息を吸った。

チョッパーの指示でフランキーとが医務室へと運んでいくのを、突っ立ったまま見送った。


「一体、どういう了見だ。海兵を海賊船に連れてくるとは・・・」

ゾロは、肩の荷を降ろしたように、縁に寄りかかる青キジに詰め寄る。

「まぁ、いいじゃないの!船長がOKって言ってくれたんだから。」

「ルフィが間違ってたら、異を唱えるのがオレの務めだ。」

「あ、そう?でも、スモーカーが言ってたぜ。麦わらんとこの剣士、お前になら
 大事な部下を任せられるって。」

「冗談言うな!」

「あれ?悪いようにはしないだっけ?まぁ、いいや。」


「そんなこと、信用できるかよ!」

「じゃあ、どうする?あの子、海にほっぽり出すか?」



ギリっと歯をかみ締め、青キジをにらみ付けるのが精一杯だった。

「ま、よろしく頼むわ。」

あっけらかんらんと言うと、
笑顔かどうか判じえない顔で手をあげ、ふわりと船から飛び降りる。

縁から下を覗けば、能力で凍らせた海面をゆっくり歩き出していた。


そばに大きなペンギンが荷物をしょって近寄ってくる。

「待った?キャメル。じゃ、行こうか。」


「おう!またな!青キジ〜〜〜!!!」

頭上からルフィの大声が聞こえたので、見上げてみれば
サニー号のライオンヘッドに乗っかったまま、手を振っている。

それに応え、軽く手をあげる青キジの姿は、どんどん小さくなっていった。



突然振って沸いた出来事に、ゾロはどうすればいいのか見当もつかなかった。




*******



ガチャン、ガチャン。

 
規則正しく響くその音は、
かすかに甲板にいるたしぎにも届いていた。





ずっと耳にしていたにもかかわらず、
何の音か気づかなかった。



あぁ、素振りしてるんだ。

重りをつけて?



あぁ・・・・もう、何日、素振りしてないんだろう。
欠かすことのなど考えられない日課だというのに。



急に時雨をつかんでたしぎは立ち上がった。


すっと抜いた刀身は、月光を受け白く浮かび上がる。


両手でしっかりと握ると大きく息を吐いた。
よく馴染んだ柄が、いつもの感覚を呼び起こす。


私は何をすべきか。
考えろ。

スモーカーさんの為に、何ができるのか。
考えろ。

立ち止まるな。


シュッ、シュッ。


空を切る音が心地よい。

切っ先に全神経を集中させる。


シュッ、シュッ。



どれだけの時が過ぎただろうか。

遥か水平線の境が白く光を集めだす。

綺麗・・・

視界に映る空と海の目覚めに、見るたびに感動を覚える。

日が昇る。

明けない夜はない。



誰かが言ってた。


はっ、はっ。

早い鼓動と弾む息。
じっとりと汗が額を湿らしている。


もう一度、大きく息を吸うと時雨を振りかぶる。
見つめる先には、果てしない海が広がっている。


か無心に時雨を振り続けるたしぎの瞳には、強い光が戻っていた。




<続> 




H26.9.15