ガタッ。
メインマストの見張り台の登り口からたしぎが顔を出す。
「あの・・・」
腕を組んで座っていたゾロが、じろりと睨み返した。
「何の用だ。」
「・・・隣、いいですか?」
ゾロは、何も言わず身体をずらしてたしぎの座る場所を空ける。
ごそごそと、見張り台に上がるとたしぎはゾロの隣に座った。
今日上陸した島の明かりが岬越しに僅かに見える。
人々は、眠りについている時間だ。
「静かですね。」
前を見つめるたしぎの横顔に、ゾロは、ちらりと視線を送る。
ゾロの視線に気づいたかのように、たしぎはゾロに向き直る。
「今日は・・・ありがとう。」
「別に。」
どちらも言葉が続かない。
すっと息を吸うたしぎの気配がした。
「・・・あんな、取り乱して・・・」
怒って、泣いて、意地張って・・・
「いつものことだろ。」
ふっと、ゾロが笑う。
「ええ?」
たしぎが驚いて、ゾロの顔をまじまじと見つめる。
ゾロは、眉をひそめる。
「なんだよ。」
あぁ、そうか。
そうなんだ。
思えば、初めて会った時からだった。
ずかずかと土足で私の心に踏み込んできたかと思えば、
いきなり存在を否定された。
初めは怒りしか感じなかった。
それでも、ストレートに感情をぶつけるロロノアに、
一瞬で自分の心はむき出しになっていた。
面食らった。
ためらいもなく鬼鉄に自分の右腕を賭けたかと思えば
子供みたいな感情を隠そうともしない。
なんて人だと思った。
私は、自分の感情に振り回されてはいけないと教えられて生きてきた。
自分を抑えろ、感情をコントロールしろと。
なのに・・・
たしぎは、はぁと息を吐いた。
ロロノアに、自分の心を隠すことなど思いもしなかった。
あなたが・・・
あなたが、そうだから・・・
自分を取り繕う必要なんてない。
ふっと軽くなる心。
それを心地よいと感じてしまう自分に気づく。
「そうですね。」
それが自分の言葉に対しての返事だと気づくのに、
ゾロは、少し時間がかかった。
ゾロは眉をひそめたまま、急に柔らかい笑みを見せるたしぎを
見つたる。
くしゅん!
クシャミをしたのはたしぎだった。
マストの上の見張り台は、甲板よりも風がある。
ゾロは顎でたしぎの後ろを指す。
「そこに、毛布があんだろ。」
「あ、はい。」
たしぎは置いてあった毛布を広げる。
自分の肩にかけるように広げるとゾロを見る。
「ロロノアも、寒くないですか?」
「オレは、平気だ。」
たしぎのしようとしてる事が想像できたゾロは、身体を離す。
「くるまっとけ。」
「ほんと?」
「いいから。」
たしぎは、言われた通りに毛布にくるまると、ゾロの側にくっつくように座った。
ごそごそとゾロが取り出したのは、酒の瓶だった。
「オレには、これがあるからな。今日の店の酒だ。」
「料理、美味しかったですね。」
「あぁ。」
キュキュッと瓶の蓋を開ける。
ふわっと爽やかな香りが広がる。
無造作に口をつけると、ぐびりぐびりと喉を鳴らして味わう。
随分、美味しそうに飲むんですね。
たしぎは、動く喉仏を見ていた。
「お前も、飲むか?」
「はい。」
普段飲まないたしぎも、思わず頷いた。
手渡された瓶を暫し見つめる。
「グラスなんて、ねぇぞ。」
ゾロはぶっきらぼうに言い放つ。
「いえ、別に、気にしませんから。」
口をつけ、思い切り傾けると水のようなさらりとした
液体が喉に落ちていく。
鼻から抜ける清々しさに、「ん!」と声が出る。
「旨いだろ。」
ゾロがニヤリと笑う。
頷いた瞬間に、胃の中がかあ〜っと熱くなった。
目を白黒させながら、瓶をゾロに返した。
頬に触れる風と、星の明かり。
時折、ゾロが瓶を傾ける。
言葉を交わさなくとも、平気だった。
寄せる波音が柔らかいリズムを刻む。
気づけば、肩にかかるたしぎの重み。
寄りかかるたしぎの表情は、ゾロからは見えない。
全部ぶつけろよ。
抜いた和道に込めた想い。
合わせた刀からこいつのどうしようもできない感情が伝わってきた。
頭では、わかったつもりでも、きっと色んな思いを
抱えていたんだろうな。
こいつが、子供みたいに泣きじゃくる姿なんて想像すらしなかった。
不安な心を隠そうともせず、涙でぐちゃぐちゃになった顔で
スモーカーの名を呼ぶ。
微かに感じた胸の痛みは、自分でもわからねぇ。
優しく涙を拭いてやればよかったのか?
それでも、あんなやり方しかなかったのかという思いは残る。
今、隣で眠りに落ちたこいつは、少しは落ち着いたんだろうか。
「ん・・・」
完全に力の抜けたたしぎの身体が、ずるりと肩から滑り落ちる。
ゾロは、自分の太腿が枕になるように身体をずらした。
狭い見張り台で丸まって眠るたしぎの寝顔は、どうしようもなく無防備だ。
いつも、そうやって、眠ってろよ。
東の空が明るくなり始め、夜明けが近いことを告げる。
やっと眠りについたというのに、起きれば、また、こいつは不安げな顔を見せるのだろうか。
ゾロは、いつまでもこの寝顔を眺めていたいと思った。
<完>