それでもいいと 8 〜航海V〜




合流したロビンも加わった女3人の買い物は
陽が落ちる前に、ようやく終わった。


「あ〜〜お腹すいた!」

ナミが大きな紙袋をいくつもゾロとチョッパーの前に
どさりと置いた。

「はい、これ、お願いね。」



船にはフランキーとウソップが居残りだ。
夜までに帰れば問題ない。

買い物組の5人は、近くの地元の料理を出すレストランに入った。

「ここは、牡蠣が有名よ。」
ロビンが教えてくれた。


「生ガキと、そうね、このガーリック焼きと。」

「土手鍋に、炊き込みご飯!」

「カキフライ!」

「それと、酒だ!」

それぞれに、好きな料理と酒を頼む。



「ずいぶん、気前がいいな、今日は。」

ゾロがジョッキを仰ぎながら、ナミに尋ねる。

「はぁ?何言ってんのよ。私が出す訳ないじゃない!
 みんな、後でつけとくからね。」


「ええ〜〜!?そうなんですか?」

炊き込みご飯を頬張りながら、たしぎが目を丸くする。


「あはは、冗談よ。ま、足りない分は、貸してあげるし、何も心配しないで。」

ナミの借金地獄に陥った気の毒な一人だと、ゾロとチョッパーは
気の毒そうに顔を合わせた。




お腹が十分に満たされたところで、店を出た。
ナミが会計を済ますのを、他の4人は外で待っていた。


人気の店なのだろうか、他にも大勢の客がいた。


聞くともなしに、同じ頃に店を出た一団の話し声が聞こえてきた。



海兵の制服を着ている者もいて、どうやら海軍の一行のようだ。


「なんか、大変みたいだぜ、本部。」


「ま、噂だけどな・・・」


「・・・スモーカー大佐が・・・」



ピクッとゾロが反応したときには、すでに隣のたしぎの姿が視界から消えていた。





「どういうことですか!?スモーカーさんに何かあったんですかっ!?」

つかみ掛かるように、一人の海兵を捕まえて、問いただす。


「なんだ、お前は?」

いきなり詰め寄ってきた女に、いぶかしげな顔を向ける。


「教えて下さい!お願いします!」




「あの、バカっ!」

ゾロは、たしぎを引き戻しに行こうとするが、一瞬だけ足が止まる。

オレ達の身元がばれるのは構わないが、たしぎとの関係が明るみに出ては
まずいという思いがよぎった。



「キャ〜〜〜!!!引ったくりよ!誰か、捕まえて!」

不意に若い女の叫び声がして、皆の注意がそれた。


「あっち、あっちに逃げたわ!」

そう言ってゾロ達とは反対の方向を差す女は、ナミだった。


後ろのほうで、ロビンが能力を使い、ナミのバックをひらひらと
持ち去られているかのように、何本もの手で運んでいる。


さすが海兵達は、非番でも行動は早い。

ナミが指差した方向へと、数人がバラバラと走って行った。


「チョッパー!」

ゾロが、小声で伝える。

「うん、わかった。」



パカラパカラッ!

蹄の音を響かせて、トナカイの姿になったチョッパーが
暴れ馬のごとく、たしぎのいる周りに躍り出る。


「うわっ!危ない!」

「どっから逃げてきたんだ!?」

「鹿!?誰か、せんべい持って来い!手なずけるぞ!」


通りを飛び跳ねるトナカイに、海兵達だけでなく、野次馬も集まってきて、街の人々も大騒ぎだ。



ゾロはその隙に、まだ他の海兵を捕まえて聞こうとするたしぎに近づいた。

そのまま、身体ごと抱きかかえると、担いでその場から引き離した。


「ちょ、ちょっと何するんです!は、離して!!!」

「馬鹿野郎!てめぇ、何やってんか、わかってんのかよ!」

喧騒の中、有無を言わさずに、そのまま走り出した。




********


なるべく人のいない所、いない所へと向って走り、気が付けばゾロは林の中に迷い込んでいた。

はぐれた仲間なら、それぞれ船に戻るだろうから、心配はいらなかった。



「降ろして下さい・・・」


背中からたしぎの声が聞こえた。


「もう、平気ですから・・・」



ゾロは、たしぎの腰を抱え、すとんと自分の前に立たせた。


「馬鹿な真似しやがって・・・」


はっと、弾かれたように上げたたしぎの顔が、みるみる歪む。


わかっていた筈なのに、ちゃんと信じようと心に決めたのに、
海兵の口から、スモーカーさんの名前が聞こえてきた瞬間に、
自分でも何をしているのか、わからなかった。


ただ、ただ、その先を聴きたくて・・・



「だって・・・だって、今、こうしてる間にも、スモーカーさんが・・・
 危険な目にあっていたら・・・」


堪えていた思いが、涙とともに堰を切ったように溢れ出る。


「ス、モーカーさんに、なにかあったら・・・うぐっ・・・
 どうしよう・・・死んじゃったらどうしよう・・・ひくっ!」


ボロボロと流れる涙を拭きもせず、まるで幼子のように泣くたしぎを
ゾロは、どうすることも出来ずに見つめていた。


あいにく、差し出すようなハンカチも持っていない。


たしぎの息が落ち着くのを待つしかなかった。




ゾロの中に次第に湧き上がる憤り。

自分でも何に怒っているのか定かでなかった。


「ったく、だからって考えもなしに動くんじゃねぇ。」
 

ゾロは吐き捨てるように呟いた。

そのの言葉に、たしぎは、ぐっと唇と噛みしめる。


胸が痛い。


「海軍から身を隠しているお前が、海軍の前にノコノコと現れたら
 どうなるのか、わかってんのかよ!」



どうして、この男に言われると、こんなにも心が痛いんだろう。
直に心臓を掴まれたかのように、苦しくなる。



その通りだと認めたくない気持ちが、意地をはらせる。



「あなたに・・・あなたに、何がわかるっていうんですかっ!?」

涙ながらに、ゾロを睨みつけると、精一杯に跳ね返す。



「そんなもん、わかりたくもねぇし、わかってたまるか!」




じっと睨みあう二人。

「そんなに、上司が心配なら、このオレを倒してから、どこへでも好きな所へ行け。」


「・・・・」


何も言わずに時雨に手をかけるたしぎを見て、ゾロも和道一文字を抜いた。




ゾロの瞳が少し揺らいだ。

オレは、一体何をしたいんだ?



ガキン。

鈍い音と共に、時雨と和道一文字が鍔を合わせる。


ギリ、ギリ・・・


動きは少なかった。

かみ合った刀が、次第にたしぎの方へと傾いていく。


覇気でもなく、技でもなく、ただ、力のみでたしぎを押していく。

堪えきれなくなったたしぎの膝が地面につく。


ぐっと、刀身を傾けると、たしぎの手から時雨が落ちた。



ふっと小さく息を吐いて、ゾロは刀を鞘に戻した。


うつむくたしぎの項を見下ろして、言い聞かせるように呟く。

「お前なぁ、あんまり、訳わからねぇこと言うんじゃねぇ。」



「わかってます。」


「ああ?」

どの口が、言うんだ。


「わかってた筈なのに・・・」


ぐっと、地面を握りしめた。



「ごめんなさい。」

今にも消え入りそうな声だった。






<続> 




H27.9.21