双剣の鷹 3 〜縁談〜



「さぁ、あとは、焼けたらひっくり返して。
 焦げないように、よく見ててくださいませ。」


「・・・ふぁああい。」

「なんですか!そんな気のない返事はっ!
 いいですか!そもそも、お料理は、家事の基本。
 姫様が、将来、お仕えする旦那様に美味しいと
 褒められるようなお料理を、作ってさしあげられるようで
 なければ、なりませんのですよ!」

大きな調理場で、激を飛ばす侍女の隣に立ち、
たしぎは料理の手ほどきを受けていた。
午前中かかって、林檎のジャムを大鍋で作り、
午後からはパンケーキを焼いていた。

半分、眠たげなまなざしのたしぎは、
目の前のフライパンを握ったままだ。

「・・・・」

「ほらっ!ぼさっとしないっ!火が強すぎます!
 煙が出てます、姫様っ!!!」


「あっ!はいっ!」

慌ててひっくり返すも、裏側は、見事に真っ黒なパンケーキが出来あがった。

「これでは、呆れられます。さ、もう一枚。
 本日は、ミホーク様をはじめ重臣の皆様に
 に召し上がってもらう予定なんですから。」

たしぎは、皿に盛られた数々の失敗作を
ため息とともに眺めると、再び、生地を流しこんだ。

こう、手首の返しが大事なのかしら?
返す刀のように・・・
横から・・・


「ほらっ!動かさないでっ!まだ、焼けておりませぬ!」

いけない。
どうも、料理の勉強など、身に入らない。

たしぎは、小さく肩をすくめた。


*********

「では、本日の会議はこれにて終了いたします。」

お付きの者がそう告げると、ミホークは顔を上げた。

「皆の者、しばし残れ。
 たしぎが、お茶を振舞うそうだ。」


大広間で開かれていたのは国の情勢をミホークに報告し、
方針を話し合う会議だった。

ロロノア・ゾロは、先の剣術大会の功績を認められ、
隊長のスモーカーと共に、会議に同席していた。
最も、ずっと壁際に立っているだけであったが、
会議の内容は、一兵隊が知るには重大すぎ、
ミホークの期待の大きさが伺えた。


「失礼いたします。」
しおらしくお辞儀をして、たしぎが広間に入って来た。
後ろから、大きな皿に山盛りのパンケーキとジャムの入った白い陶器の入れ物を
持った侍女達が続いた。

各人の前に皿が置かれ、位の高い者から順に、取り分けていった。
カップには香り高い紅茶が注がれる。


ゾロにも末席に椅子を用意され、目の前に
パンケーキののった大皿が回ってきた。

どう見ても、焼きすぎの端が黒ずんだのと、焼き色が妙に薄い
生焼けのものが大皿に残っていた。

ゾロは、ためらいもせずにそれを自分の皿に取った。

「どうぞお召し上がり下さい。」
たしぎの声に、皆、ナイフとフォークを動かし始める。


「この焼き具合といい、素晴らしい腕前ですな、姫様は。」

「親方どの、これなら立派な奥方になれます。」

「どこへ嫁がれても、立派にやっていけましょう。」

皆、口々に褒めるのを、たしぎはこそばゆい気持ちで聞いていた。
その皿の殆どが、侍女達が作ったものだったからだ。

遠い席で、ゾロが黒こげのパンケーキを取るのが見えた。

あ。

私が焼いたのを・・・



たしぎは、急に緊張して、視界の端で、ゾロが黙々と食べている姿を捉える。

こんなことなら・・・



自分の不真面目さを悔やんでも、もう遅かった。


*********


カチャカチャ。
侍女達が空になった皿を下げ始める。

たしぎも、侍女達と共に退出しようとした時、
ミホークが呼び止めた。

「たしぎ。お前はここに残りなさい。話しがある。」

「はい。お父様。」

急にどうしたのだろうと、不思議に思いながら、
たしぎは父ミホークの側に控える。

「皆の者にも聞いて欲しい。たしぎ、嫁ぎ先が決まった。
 ま、一年も先の事だが。」

「え?」
父ミホークの言葉に、たしぎは耳を疑った。

「相手は、隣国ハート王国のトラファルガー・ロー王子だ。
 小さい国だが医療技術が発達していて
 おまえが結婚すれば、我が国も医療は安泰だ。」

「おめでとうございます。」
重臣達が口々にお祝いの言葉を言う。

「なるほど、いい、嫁ぎ先ですなぁ。」
「ロー王子も、26歳、丁度よいではございませんか。」
「よい縁談を結んだものです。」

「まずは、一年は婚約期間だ。花嫁修業と思って、精進いたせよ。」

父の言葉が、頭に入ってこない。
結婚?婚約?花嫁?

何故?
隣国?
何故?どうして?

結婚という言葉と疑問だけが、グルグル頭を駆け巡る。


「・・・たしぎ?聞いてるのか?」

「はっ、はい。」

「一国の、姫として、しっかり役目を果たすのだぞ。」


こくりと頷くと、重臣達の拍手の中、
どういう顔をしていいか、分からなかった。


「では、今日はこれにて終いだ。」


ミホークと共に広間を出る。
ふと、視線を感じ振り返ると、ゾロと目があった。

弾かれたようにドレスの裾を持って走り出すと、
たしぎは自分の部屋に飛び込んだ。



何も言わずに離れた娘の後ろ姿を
見つめるミホークの目は少しつらそうに見えた。


******


「しばらく、一人にして。」

心配して部屋に来た侍女を下がらせると、
たしぎは、そっと部屋を出た。



まだ、明るい夕暮れだった。

たしぎは誰にも見られないように屋敷の外に出ると、
少しずつ暮れていく空を見上げた。


「私の愛馬は元気にしてるかしら。」
明るく装い、馬小屋の者に尋ねる。

「これは姫様、こんな所に。ええ、元気にしております。
 丁度、馬場に出ております。今、連れて来ます。」

急なたしぎの訪問に驚いたものの、すぐにたしぎの元に、馬を連れてきた。

「ありがとう。」

たしぎが、馬を撫で、話しかけている様子を見ると
従者は、気を使い、すこし離れた。




「少し、走ってきます!」

その声に、従者が驚いき駆け寄った時には、
たしぎは馬に乗り、馬場の外へと駆け出していた。


「姫さま、姫さま〜〜〜!!!」

後ろで聞こえる、従者達の声も振り切るように
手綱を引いた。


流れていく雲を追うように、遠くへ遠くへと、馬を走らせた。




従者達の騒ぎにゾロが気づいた。

「どうした?」

声をかけると、皆、青ざめた顔で、答える。
「姫様が・・・一人で、馬に乗って行かれてしまったんです。
 お供もつけずに、行き先も・・・」

「どうしよう・・・もし、姫様の身に何かあったら。」

口ぐちに騒ぎたてる者達にゾロは、
「連れ戻してくる。」
と告げ、さっと自分の馬にまたがった。


何考えてんだ!


毒づきながら、馬を走らせる。

最近は、遠乗りなんて出掛けてなかった筈だ。
一体、どこに・・・


大広間を出る時のたしぎの顔が目に焼き付いて離れなかった。

あいつに限って。
湧き上る不安を押し殺し、ただひたすら、
感覚を研ぎ澄まし、
ゾロはどこへ向かえばいいか、想いを巡らせた。



〈完〉