発風 1




「もう、決めたから。」


「そうか、わかった。」


「じゃ。」


父親の返事を待たずに、ゾロは電話を切った。



ゾロは一人、東京で新年を迎えていた。

田舎には帰らず、年末ぎりぎりまで運送屋のバイトをこなした。


新年の挨拶を兼ねて、田舎の父親に
卒業後の身の振り方を報告するために電話を入れた。



就職はしない。



父のコウシロウは、何も言わず、その先の言葉を待った。



「外国に行く。まだ、どの国かはわからないけど、
 一年間、ボランティアとして行ってくる。」


「一年したら帰ってくるのか。」


「・・・・一年経ってみないとわからねぇ。」



「わかった。出発する前に、こっちには
一度戻ってくるんだろう?」

「あぁ、帰るよ。」

「そうか。」



言いたいことは沢山あっただろうに、
それでもコウシロウは、何も言わなかった。



ゾロは申し訳なく思った。

母親を早くに亡くして、男手ひとつで
ここまで育ててくれたのに。

卒業したら田舎に帰ってくるものだと、
言わなくても、そう期待されていたことは知っていた。


ゾロも半分はそういう気持ちで
地元で働き口を探してみたりもした。


就職活動に身を置くようになってから、
自分が何をやりたいのかさえもあやふやだったことに気づく。



まだ、何もしてねぇ。



それは十分にわかっていても
どうにもできないもどかしさに、息が詰まりそうだった。




******



秋も終わりに近づいた頃、
ゾロは夜中にアパートを出てると、
ひとり、行き先も決めずに、バイクにまたがった。




対向車もまばらになり、
街灯だけが頼りで、暗いアスファルトを照らすのは
自分のバイクのヘッドライトだけになった。


まるで、行き先の見えない自分のようだった。


エンジンの音と振動だけを感じ、
風の中に身をゆだねた。





どこまで行けるだろうか。





ゾロは、久しぶりにわくわくしていた。




夜の闇が、薄まってくる頃、
もう少し、もう少しと、距離を重ねて、
朝日が差したところで、ゾロはようやくエンジンを止めた。


海沿いの道の端で、バイクから降りると
ヘルメットを脱いだ。


「んがあ〜〜〜〜〜っ!!!!」


前傾姿勢で固まった背中を思い切りそらせる。



ザザァ〜・・・ザザァ〜


エンジン音が消えた世界は
とても静かだった。


ゾロは、波打ち際まで歩いていくと、腰をおろした。



砂はひんやりとして、気持ちいい。



仰向けに寝転がれば、まぶたに陽のぬくもりを感じる。


なんにも考えることなく、
ゾロは目を閉じ、まどろんだ。



ガーッ!


大きなトラックのエンジンの轟音で
我にかえった。



まぶしっ!


すっかり陽は昇り、明るい太陽が
あたりを照らしている。


波が光に反射して、きらきらと輝いている。



後ろを見れば、すっかり交通量が多くなった
道路を多くの車が走っている。



あぁ、寝てたのか、オレ。


・・・すげぇ、気持ちよかった。



ほんの少しの時間だったかもしれないが、
ゾロは久しぶりに熟睡したと思った。



身体も頭も、やけにすっきりしていた。





近くのコンビニで食べ物を買い、
海を眺めながら遅い朝食をとった。



昼ぐらいまで、流すようにバイクを走らせて、
目に入った温泉施設で風呂に入ると
休憩スペースで眠った。


夕方、客が混んでくる頃に出ると、
近くの食堂で腹を満たした。


ほとんど誰とも口をきかなかった。



二日目の朝は、山の上で迎えた。


何度目かの給油で、ナンバーを見たスタンドのおじさんに

「学生さんかい?いいね、存分に楽しみなよ!
 今だけだよ!」と声をかけられた。

「そうですね。」

ゾロは、頷いた。





二日目の夜の帳が下りる頃、
ようやく方向を変えた。



ずっと考えていた。


こうやって生きていければいいのにな。


まだ見ぬ世界をめぐってみたい。


この道の先に何があるのか
この眼で、確かめて感じてみてみたい。




自分の胸の奥に何かが宿る頃、
ようやく見慣れた道に出た。


あぁ、もうここか。




見慣れた街並に、急に胸が締め付けれれた。



ふいに湧き上がる想い。




この街を出よう。





帰り着いたアパートの冷たいベッドは
その想いを揺るぎないものにしただけだった。




<続>





  H26.5.1