発風 2





オレが通ったのは、本当に運がよかったのだろう。


ゾロの手元に、海外ボランティアを行う機構からの合格通知が届いたとき、
心底、そう思った。



社会経験もなく、特殊な技術も持ってはいない。
応募するときから、それは十分承知していた。

唯一、胸を張って言えることは、健康体そのものだということだけだった。
病気らしい病気も、大きな怪我もしたことがなく、
虫歯もない、視力も悪くはない。


特技を聞かれ、どんな場所でも眠れることだと答えた。


それが評価されたのだろうか。


考えてもわかるはずもないが、ゾロは安堵した。



これで、やっと出来た。
オレの居場所。

ここではないどこか他の場所。



ゾロは、送られてきた採用の通知を眺めながら
壁に身を預けると、大きく息をついた。




******



久しぶりの大学は、とても懐かしく感じた。



退屈な式典が終わり、クラスで卒業証書を受け取ると
ゾロは陸上部の部室に顔を出した。

部活の送迎会は、数日前に終わっている。

残っている荷物を自分のバッグに放り込んだ。
卒業証書も花束もみな、一緒だ。

「どこで、謝恩会するんだ?」

声をかけてきたのは、マネージャーのペローナだ。

「あぁ、駅前の・・・なんだっけ、イタリアンレストランだったなぁ。」

「へぇ。」



「わりぃな、わざわざ、鍵開けてもらって。」

「いや、別に練習メニュー作るつもりだったし・・・」

そっけなく横を向くペローナは、相変わらず素直じゃない。

くっと笑うとゾロは、手を差し出した。

「なっ!なんだよ!?」

「ありがとな。」



部誌を開いて、何か書き込んでいた手が、ぴたりと止まる。

「べ、別にお礼を言われるようなことじゃねぇよ。」

差し出された手を、チラッと見て、視線を泳がせるペローナ。

「今まで、ありがとなって意味だ。」

ゾロの顔は優しい。



「な、なんだよ、急にそんなこと・・・」

ゾロはさっと手を伸ばすと、ペローナの手を握る。




固まって動かなくなったペローナをじっと見つめた。


「ごめんな。」



「ば、ばかっ!」

ゾロを見上げたペローナの瞳は、すでに涙であふれていた。


「あやまる奴がいるかよ!ほんっと、最後までドンくせぇな!」


「わりぃ。」

片手で頭をかく。

「ほら、また謝る!」

にらみつけるペローナと目があうと、
一瞬、大きく瞳を見開いて、困ったような笑顔を見せてくれた。

たぶん、ペローナのほうが
自分よりもずっと強いんだと、ゾロは気づいた。



ゾロは抱きしめたくなる想いを手のひらに込めて、強く握り締めた。



ペローナの耳には、ゾロのあげたピアスが光っている。




それを見たゾロの胸は、小さい棘を飲み込んだように痛んだ。



ゾロの瞳に浮かぶ悔恨の情をペローナは感じ取った。



やっぱり、もう・・・叶わないんだな。



そっと目を閉じると、ゾロへの想いをすべて飲み込んだ。




「こんな所で、グズグズしてたら、謝恩会に遅れるぞ。」

あたしは、陸上部のマネージャーだ。

「あ、あぁ、そうだな。」



「道、間違えんなよ。」

「平気だよ。」

「ほんとか?」


「うるせぇな!」

「あはは。」



「じゃあな!」

ゾロは手を上げて、いつものように走って去っていった。





上げた手を下ろせないまま、ペローナはゾロが走っていった方向を
ずっと眺めている。


ゾロが握り締めた手のひらがまだ熱い。


ペローナは、その手を見つめると、そっともう片方の手で包み込んだ。








〈続〉


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