オレが通ったのは、本当に運がよかったのだろう。
ゾロの手元に、海外ボランティアを行う機構からの合格通知が届いたとき、
心底、そう思った。
社会経験もなく、特殊な技術も持ってはいない。
応募するときから、それは十分承知していた。
唯一、胸を張って言えることは、健康体そのものだということだけだった。
病気らしい病気も、大きな怪我もしたことがなく、
虫歯もない、視力も悪くはない。
特技を聞かれ、どんな場所でも眠れることだと答えた。
それが評価されたのだろうか。
考えてもわかるはずもないが、ゾロは安堵した。
これで、やっと出来た。
オレの居場所。
ここではないどこか他の場所。
ゾロは、送られてきた採用の通知を眺めながら
壁に身を預けると、大きく息をついた。
******
久しぶりの大学は、とても懐かしく感じた。
退屈な式典が終わり、クラスで卒業証書を受け取ると
ゾロは陸上部の部室に顔を出した。
部活の送迎会は、数日前に終わっている。
残っている荷物を自分のバッグに放り込んだ。
卒業証書も花束もみな、一緒だ。
「どこで、謝恩会するんだ?」
声をかけてきたのは、マネージャーのペローナだ。
「あぁ、駅前の・・・なんだっけ、イタリアンレストランだったなぁ。」
「へぇ。」
「わりぃな、わざわざ、鍵開けてもらって。」
「いや、別に練習メニュー作るつもりだったし・・・」
そっけなく横を向くペローナは、相変わらず素直じゃない。
くっと笑うとゾロは、手を差し出した。
「なっ!なんだよ!?」
「ありがとな。」
部誌を開いて、何か書き込んでいた手が、ぴたりと止まる。
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃねぇよ。」
差し出された手を、チラッと見て、視線を泳がせるペローナ。
「今まで、ありがとなって意味だ。」
ゾロの顔は優しい。
「な、なんだよ、急にそんなこと・・・」
ゾロはさっと手を伸ばすと、ペローナの手を握る。
!
固まって動かなくなったペローナをじっと見つめた。
「ごめんな。」
「ば、ばかっ!」
ゾロを見上げたペローナの瞳は、すでに涙であふれていた。
「あやまる奴がいるかよ!ほんっと、最後までドンくせぇな!」
「わりぃ。」
片手で頭をかく。
「ほら、また謝る!」
にらみつけるペローナと目があうと、
一瞬、大きく瞳を見開いて、困ったような笑顔を見せてくれた。
たぶん、ペローナのほうが
自分よりもずっと強いんだと、ゾロは気づいた。
ゾロは抱きしめたくなる想いを手のひらに込めて、強く握り締めた。
ペローナの耳には、ゾロのあげたピアスが光っている。
それを見たゾロの胸は、小さい棘を飲み込んだように痛んだ。
ゾロの瞳に浮かぶ悔恨の情をペローナは感じ取った。
やっぱり、もう・・・叶わないんだな。
そっと目を閉じると、ゾロへの想いをすべて飲み込んだ。
「こんな所で、グズグズしてたら、謝恩会に遅れるぞ。」
あたしは、陸上部のマネージャーだ。
「あ、あぁ、そうだな。」
「道、間違えんなよ。」
「平気だよ。」
「ほんとか?」
「うるせぇな!」
「あはは。」
「じゃあな!」
ゾロは手を上げて、いつものように走って去っていった。
上げた手を下ろせないまま、ペローナはゾロが走っていった方向を
ずっと眺めている。
ゾロが握り締めた手のひらがまだ熱い。
ペローナは、その手を見つめると、そっともう片方の手で包み込んだ。
〈続〉