手紙


1 〜知らせ〜

たしぎがゾロの前から姿を消したのは、ごく最近のことだった。
いや、いなくなったと知らされたのは、と言うべきだろう。

最後にたしぎと一夜を過ごしたのは、二ヶ月程前だった。

困ったように求めに応じる姿は、いつもと変わらなかった。
少なくともゾロにはそう思えた。
一つだけ、思い当たることと言えば、あの日、
いつもはゾロの腕の中で眠りにおちるたしぎだが、 いつまでも起きていて、ゾロを見つめていた。
ゾロの方が先に眠ってしまい、朝には、いつものように たしぎの姿はなかった。
そう、いつものように、消えていた。
それが、何だというのだ。
そんなことは、これまでにもあったはずだ。

その日、ゾロは停泊していた島にある場末の酒場で まだ、日も暮れぬうちに、酒を飲んでいた。
海兵の姿も見かけた。
この分なら、たしぎが現れるのも、時間の問題だ。
期待とは認めたくない、ざわついた気分だった。


しかし、ゾロの目の前に立ったのは、たしぎではなく、 たしぎの上官であるスモーカーだった。
座ったゾロの前に、仁王立ちのまま無言で見下ろしている。
握った拳が、かすかに震えてるのは、怒りのせいだと気づくのに さほど時間は、かからなかった。
ものすごい勢いで、スモーカーの拳がゾロの顔面に飛んできた。
何も言わずに、殴りかかってくる奴ではないとの認識があったのだろう。
一瞬、身構えるのが遅れた。
ガラガラッと派手にテーブルと椅子をひっくり返しながら ゾロは、壁際まで吹っ飛ばされていた。
「てめェ、何しやがんだ。」
ペッと血を吐きだしながら、スモーカーを睨みつける。
スモーカーはグローブを撫でながら、ゆっくりとゾロのほうに近づいてくる。
「今のは、たしぎの分だ・・・」
「どういう意味だ。」
スモーカーを見据えたまま、ゾロもゆっくりと立ち上がる。
「そして、これが俺の分だっ!」
もう一発、飛んできた拳を、ゾロは右手で受け止める。
「ふんっ!」止められてもなお、スモーカーは力まかせにゾロを押しやる。
「くらあっ!」と左手を煙に変えたボディーブローがゾロの右脇腹に入る。
「ぐはっ。」思わず床に膝をついた。
「この野郎。」鬼鉄の柄に手がかかる。

「だから、どういう意味だって聞いてんだろうがっ!」
怒りとは別の感情が沸き上がる。言い知れない不安が闇のようにゾロの前に広がっていく。

「あいつが、どうしたって言うんだ。」
柄から手を外し、顔をあげる。
教えてくれ。
スモーカーは、ゾロの瞳に嘘がないことを感じ取った。


「たしぎは、軍を去った。もう、ひと月になる。」
去った?ゾロには、スモーカーの言っている意味が飲み込めなかった。
「今は、どこにいるのかさえ、わからねえ・・・」
そこまで言うと、再び怒りを抑えきれず、ゾロの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。
「テメェ、うちのたしぎに何しやがった!」

「だから、意味がわかんねェって、言ってんだろうがよっ!」
言うと同時に、壁の反動を利用して、スモーカーの腹を思い切り蹴飛ばす。
もんどりうって、スモーカーが、後方へ転がっていく。
その姿を、睨みつけながら、ゆらり、身体を起こす。
ふらつく足で、スモーカーには目もくれず、店の外へと向かう。
何かを言いかけたスモーカーは、ゾロの険しい顔つきに、 黙り込んだまま見送るだけだった。

船に戻った時には、もう日が昇りかけていた。
夜通しさまよっていたのか。
自分が何処をどう歩いたのか覚えていなかった。

「お〜い、ゾロ〜!どこ行ってたんだ〜?」
ルフィの声に、はっと我に返る。
わりぃと片手を挙げて、船に乗り込む。
「どうした?」ゾロの異変を感じ取ったのか、ルフィが尋ねる。
「いや、なんでもねぇ。」何をどう答えようにも、答えようがなかった。
なんでもねぇ、自分に言い聞かせた。

船は、以前と変わらずに進んでいった。
あまりにも、なにもかも今までどおりで、スモーカーの言葉は、
聞き違いだったのかと、と感じさせる程だった。

あれから、ひと月、ふた月、何事もなく時間だけが過ぎていった。


〈続〉