手紙


4 〜長旅〜

「ありがとうございましたっ!」
子供たちが、練習を終え、次々と道場から去っていく。

まだ、桜には早いが、雪は溶け、クロッカスや水仙が所々に彩を添えている。
ここは、シモツキ村。
子供たちを見送るコウシロウの笑みは今も変わらず、優しかった。

誰もいなくなった道場に、一人、訪れた者がいる。

「失礼します。どなたか、いらっしゃいませんかぁ?」
どうやら女性のようだ。
コウシロウは、立ち上がり、門の見える所まで、出向く。

門を入ったところで、キョロキョロ様子を伺っていたその女性が、 コウシロウに気づいてこちらを向いた。

コウシロウは、時が止まったかと思った。

「・・・あの。」

どれくらい、固まっていたのだろうか。

「そんなに、そっくりですか・・・」
その女性が、少し微笑む。

「こ、これは失礼しました。ここでは、なんですから、  どうぞ、中へ。」
まだまだ、風は冷たい。家の中へと招き入れる。


「娘のこと、ご存知なんですね。」コウシロウが、嬉しそうに尋ねる。
「ええ、話だけは・・・」

和室に通され、コウシロウがお茶を運んできた。
「さあ、どうぞ。」

黒髪の女性は、座布団を外し緊張した面持ちで、座っている。
「ま、そう、かしこまらずに、お座りなさい。」と座布団を勧める。

すっと両手を前に付き、思いつめた様子でコウシロウを見つめる。
「私、たしぎと申します。この度、縁あった者から、 こちらの事を聞いて伺いました。
 何分、勝手なお願いではございますが、この身を、こちらにおいていただけないでしょうか。」
一気に言いきると、畳に額が付くほど深く、頭を下げる。

突然の申し出に、驚いたコウシロウだが、その事情を聴くにも時間が必要と 判断したのだろうか、ゆっくりと笑みを浮かべる。

「わかりました。どうぞ、うちにいてください。  この歳で、また娘が出来たようで、嬉しいですね。」

それを聞いて、たしぎは消え入りそうな声で、
「ありがとうございます。」と絞り出すと、気が緩んだんのだろう。
ふっとその場に崩れ落ちた。


*******


たしぎが目を開けると、板張りの竿縁天井が広がっていた。
ぼやけた輪郭が、しだいにはっきりと見えてくる。

「気がつきましたか。たしぎさん。」コウシロウの声がする。

「だいぶ、無理してたんじゃろう。栄養状態もあまり良いとはいえないなぁ。  ま、もう心配はいらんから、ここでゆっくりしなさい。」
すぐ傍から、別の男性の声も聞こえる。
ガラッと戸が開く音がして、誰かが入ってきた。
「さぁ、これでも飲んであったまりなさい。まったく、そんな身体で、  無理しちゃダメだ。一番大事な時期なんだから。」
小柄なお婆さんに、手を貸してもらい床の上に身を起こす。
温かい葛湯が、おいしかった。
たしぎは、少し目立ってきたお腹に手を添える。そして、心配そうにお婆さんを見ると、
「あぁ、大丈夫だよ。ただ、まだ無理は禁物。安定するまでな。」と安心させるように笑ってくれた。
「産婆もおるし、わしも医者だ。安心なさい。もう大丈夫。」
「たしぎさんとやら、あんた何処から来なさった?そんな身重のからだで。」

「・・・グランドラインからです。」
言葉を失って、二人は顔を見合わせる。
女の身で、どんな困難な旅をしてきたのだろうか、言葉を失った。

「これは、大事なものですか?」
コウシロウがたしぎが持っていた包んであった細長いものを取り出す。
時雨だ。
「はい。」たしぎがうなずく。
同意を得て、時雨を取り出す。よく手入れされている。
「いい刀ですね。あなたも、剣士ですか。」
「いえ、ただの刀好きです・・・」
たしぎは、静かに目を伏せた。

誰も、それ以上は、尋ねようとはしない。

「さあ、まずは、ゆっくり休みなさい。何も心配しなくていいから。」
三人は、たしぎを残して、そっと部屋を出て行った。


<続>