ゾロは、ミホークと共にマリンフォードに来ていた。
「元だろうが海軍本部なんて、誰が行くか!」
と反対したペローナをシッケアールに置いて、ミホークと二人の旅だった。
「まったく、何でオレが、こんな所に・・・。」
小声で文句を言うゾロに構わず、ミホークは前を歩いていく。
ゾロがその左目に傷を負ったのは、数週間前のことだった。
あの時、確かに何かを掴んだ。
それを確かめようと、何度も立ち上がろうとした。
左目が、見えないことに気づいたのは、
倒れて、三日後に目を覚ました時だった。
別に、なんとも思わなかった。
ただ、あの時の感覚を確かなものにしたくて、
すぐに刀を握った。
間合いが掴めねぇ・・・
見えてはいるのに、微妙なズレがゾロを襲った。
次第にゾロの顔に焦りが浮かぶ。
「だから、傷を治してからにしろっ!」
ペローナの心配する声にも、耳を貸さず、
ただ、ひたすらに、刀を振るうゾロの姿があった。
「明日、マリンフォードに向かう。お前もついて来い。」
有無を言わさぬミホークの命令に、ゾロは喰ってかかった。
「何で、オレが行かなきゃなんねぇんだ!オレは、ここで
やることがあるんだ!」
「その目で、何が出来る。」
「うるせぇ、すぐに感覚は取り戻す。」
「感覚が戻ったところで、あの技が使えるとは限らぬぞ。」
「ぐっ・・・」
何も言い返せなかった。
「まぁよい。元海軍本部のマリンフォードに行けば、
その様子ではすぐに見つかってしまうかもしれぬから、やめておくか。」
「誰が、捕まるかよ!」
ミホークの言葉にのせられ、結局、ゾロは同行することになる。
この旅で、ミホークはゾロの傷を
古い知り合いの医者に診せるつもりだった。
シッケアールの治療では限界があった。
結果は、おそらく変わらないだろうが、
それでも、一度診せたかった。
古い友は、左腕を失い、もう刀を合わせることはなくなった。
この若い弟子は、まだ、刀を持つことをやめないのだろうか。
否
やめられないのはわかっている。
どんな犠牲を払っても、
強さを求めずにはおられないのだ。
かつての己の姿と重なる。
そんな思いで、ミホークは
目の前で医師の前に座るゾロを眺めていた。
「傷が炎症を起こしかけている。お前さん、ここで完治しておかないと
菌が脳にまで達して、立つことすらできなくなるぞ。」
「・・・・」
「三日間は、絶対安静。言うことが聞けぬのなら、命の保証はせん。」
「わかったよ。」
おとなしく、ゾロは医者の言うとおりベッドに横になった。
「あれで、よかったか?」
ゾロを病室に残し、部屋を出た医者がミホークに尋ねる。
「あぁ。あれくらいで丁度いい。」
「じゃろうな。あれでは、命が幾つあっても足りぬぞ。」
「わかっておる。」
「ここに連れてくるくらいだから、よほど大事にしてる様だがな。
お前さんの、剣の修行に付き合わせておったら、いつか死ぬな。」
「・・・・」
「ははは。まぁ、若い者の回復力は大したもんじゃ。
傷自体は、程なく塞がるだろうて・・・
あとは、動体視力というか、遠近感の問題じゃ。
そっから先は、お前さんら剣士の領域だ。」
「世話になる。」
「ほっ!大剣豪に頭を下げられるとは、わしも老い先短いかの?」
「馬鹿を言うな。」
「はっはっは!」
******
ゾロはベッドに寝たまま、天井を見つめていた。
身体中が熱を持っている。
頭が痛ぇ。
眉をひそめると、左目の傷が痛んだ。
静かに目を閉じる。
オレは、これくらいでくたばるような奴じゃねぇ。
必ず、あの技を自分のものにしてみせる。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉が、やけに心もとなく感じた。
ちきしょう。
オレはあいつを越えるんだ。
******
素直に医者の言うとおり安静にし、
ゾロは傷の治療に専念した。
「わかってるとは思うが、その目は、治らんぞ。」
「あぁ、別に、構わねぇ。片方見えりゃ充分だ。」
「そうか。
このまま、あんな奴と居れば、今度は右目も失うかもしれんぞ。」
ゾロは、にやっと笑った。
「そうかもな。だが、鷹の目を越えるのはオレしかいねぇんだ。」
「・・・あぁ、それくらい強くなれ。」
医者は若者を愛おしむように笑った。
医者には、そうは言ったものの、
ゾロは毎晩、姿の見えない敵に負ける夢を見ていた。
どうやっても勝てない無力感が全身を覆う。
自分の胸から流れる血で、
目の前が真っ赤に染まって目が覚めた。
不安だってのかよ。
このオレが・・・
*****
安静が解かれると、
ゾロは、気を紛らわすかのように夜の街に出かけていった。
人気のないシッケアールとは違い、
この街には、一般人も海兵もいる。
歩きながら、周囲の些細な動きに気を張り巡らせる。
帰ってくるなり、ゾロはベッドに倒れこんだ。
人の気配で酔いそうだった。
頭の中が、ぐるぐるまわって吐き気がする。
激流に浮かぶ木の葉のように、自分の行き先さえもわからず、
ただ、流れに飲み込まれないようにするだけで、精一杯だった。
このざまかよ・・・
ちきしょう!
オレは、こんなことで終わるつもりはねぇ。
治りかけの傷の疼きがいつまでも、身体を駆け巡り、
ゾロの浅い眠りを、何度も邪魔をした。
〈続〉