次の日、夜の雑踏の中、
時雨を携えてゾロを探すたしぎの姿があった。
もう一度、会わなければ。
そう、心に決めていた。
朝、目覚めると、心に何かが引っかかっていた。
不安な自分の心が映し出すただのシグナルなのか、
わからないまま、たしぎは街をあてもなくさまよう。
時間が経ち、人もまばらになった。
もう今日は無理かもしれないと思い始めた頃、
たしぎの視界の端を、ゾロの姿が横切った。
「ロロノア!」
声をあげ、見失うまいと走り出す。
ゾロがまとった烏馬色(からすばいろ)のフードは
ともすれば暗がりに紛れて、どこかに消えてしまいそうで
たしぎは怖かった。
時折、月の光に反射する鞘の鐺(こじり)が
まるで道案内をするように、たしぎを導いてくれた。
「ロロノア・・・」
ようやく歩みを止めた背中に、呼びかける。
街外れの工場や倉庫が立ち並ぶ此処には
二人の他に人影はない。
背中を向けたままのゾロは、首を左右に振って
辺りの様子を伺っていた。
「・・・捨てられないから、苦しいんです。」
たしぎの言葉に、ゾロはたしぎが昨日の事を言ってるのだと気づいた。
「そんな簡単に捨てられるようなら、
こんな苦しくなんか、ありません!」
「・・・平気だ、きっとすぐに慣れる。」
「!」
「あなたは、刀を捨てて生きられると言うんですかっ!?」
カッと身体が熱くなった。
たしぎの語気に、背を向けていたゾロが
ゆっくりと振り返った。
「莫迦にしないで!」
駆け寄って、胸ぐらを掴んだ途端、ゾロのフードが外れた。
翡翠色の髪の毛が月の光で草原のように輝いていた。
たしぎの目に飛び込んできたのは、大きな傷で塞がれた左瞼だった。
息を呑む。
「ロ、ロロノア・・・その目・・・」
「あぁ、片目、潰しただけだ。
お前の顔なら、ちゃんと見えているぜ。」
ゾロは、笑って答える。
視線を逸らしたまま。
言葉を失ったまま、たしぎは目を合わせようとゾロの頬に、そっと手を伸ばす。
ゾロの視線がたしぎの真っ直ぐな瞳と重なり合う。
たしぎがのぞき込んだその右目は、鏡で見た自分の瞳と同じ色を宿していた。
また、あなたは、こんなに傷だらけになって・・・
たしぎは理解した。
ロロノアの昨日の言葉の意味を。
あなたは、知ってるのね。
あの、すべてを飲み込む闇も、
押しつぶされそうな不安も・・・
「待ってて下さい・・・」
かすれた声が、ゾロの耳に届く。
「ううん、待たなくていい。
私も、私も必ずそこへ行くから。
あなたの後を追いますから。」
だから、だから・・・
一人で苦しまないで下さい。
言葉にならないまま、ゾロを抱きしめる。
バカヤロウ。
お前に何がわかる。
「放っておけよ。」
言葉とは裏腹に、
ゾロの身体がのしかかるように、たしぎを包み込む。
あぁ、隠しきれねぇ。
この不安も迷いも、全部お見通しかよ。
ゾロは、たしぎの温もりを全身で感じていた。
もう、前に進むしかねぇじゃねぇか。
あぁ、言われなくとも、先に行ってるぜ。
あの、地獄の先によ。
たしぎは、全身でゾロの重みを受け止めていた。
あなたを一人で行かせはしない。
その一つの想いだけを、心に誓って。
〈続〉