光芒 6



空が白み始めた頃、ゾロは宿に戻った。
もう、夜が明ける。
ベッドに横になった途端、眠りに落ちた。

柔らかな眠りだった。

こんなにゆっくり眠れたのは いつ以来だろうか、自分でも驚いた。
目覚めると、風呂にお湯を張り、身を沈める。

自分を包む空気が柔らかだった。
どこにも余計な力が入っていない。

不思議な気持ちだった。

部屋でボーっとしていると、宿の者が呼びに来た。
鷹の目が下で待っていると。

身支度をして、フードを被り部屋を出た。

目の前に現れたゾロの姿を見て、ミホークの眉が上がる。
「着いて来い。」
ゾロの返事も待たずに、歩きだした。

空は薄暗く、半日以上眠っていたことに気づく。
人混みの中を、ミホークは後ろを気にせずどんどん進む。

一件のレストランに入った。
静かで、落ち着いた雰囲気の店だった。

「お待ちしておりました。」
店員が、奥の部屋へ案内する。

給仕された料理を前に、ゾロは夢中で食べた。

旨ぇ。
こんな旨い料理は久しぶりだ。

忘れていた。
食事を味わうってことを。

「用事は済んだ。明日、戻ろうと思う。」
「あぁ、わかった。」

グラスを揺らしながら、ミホークは、ゾロの様子を見つめていた。
「何かしら成果はあったようだな。」
「あ?何のことだよ。」

「いや。」
ミホークは、ニヤリとしただけだった。

「今日、海軍の中将に聞かれた。
 剣士という奴は、刀を捨てたら生きていけないものなのか?と。」

「何だそれ。」

決まってんじゃねぇか。
当然だ。

ミホークは思い出し笑いを浮かべながら、グラスを傾ける。
「で?何て答えたんだよ。」

ミホークは逆に聞き返す。
「お前なら何と答える?」

ゾロは、料理を飲み込んでグラスに口を付ける。
「んなこと、決まってんじゃねぇか。」
「・・・ほう。」
ミホークが笑った。

口を開きかけた瞬間、
ゾロの耳に、背中越しに聞いたたしぎの声が蘇る。

ゴクリ。
酒が喉を落ちていく。

「・・・・そんなことねぇ・・・って。」

生きていて欲しい。

あれは本心だった。
オレの不安が言わせた言葉じゃねぇ。

刀を抜けないぐらいで、生きてる意味がねぇなんて そんなことあるかよ。

生き続けることが、それが・・・
何よりも・・・

動きが止まってしまったゾロを満足げに眺めるミホークだった。



******



朝焼けの中、たしぎは砂浜に立っていた。

身体が熱い。

宿に戻っても、寝てなんていられなかった。
夜明けと共に、飛び出した。

息があがっている。
ここまで走ってきた。

あぁ、もうどれくらい稽古をしてなかったのか。
何度も転びそうになりながら、 重い身体が歯がゆかった。

目を閉じて、息をゆっくりと吐きながら、呼吸を整える。

波音と重なる鼓動。

時雨の柄に手をかけた。

すっ。
驚くほど自然に、時雨が抜けた。

なんの迷いもなく、現れた時雨は、 朝日が反射して、眩しかった。

大きく一つ息を吐いて、正眼に構える。


柄を通して、時雨の気が伝わってくるようだった。


シュッ、シュッ。

ひと振り、ふた振りと、確かめるように、ゆっくりと素振りを始める。

一心不乱に素振りをしてたあの頃。
何も怖くはなかった。

時雨を振るう毎に、振り切れない思いが 次第にまとわりついてくる。

あぁ、怖い、怖くて、身がすくむ。

全身に重くのしかかり、身動きが取れない程に。

それでも、私は行くんだ。
断ち切れない思いを、ズルズルと引きずって。

この重みと一緒に。



この道のずっと先を進む者がいる。

迷い、ためらいながらも、傷だらけになって、その身を投じる。

あなたのいる、その場所からは、どんな光景が見えるというのか。

私は、まだ何も差し出してはいない。
怖気づき、立ちすくんだだけ。

どうしようもなく、そこに行きたいと欲する自分がいる。


はっ、はっ。

気が付けば汗が落ちる程、時雨を振っていた。

何も話さないまま、ロロノアとは、あそこで離れた。

別れ際のロロノアは、笑っていたように見えた。

今度、今度会う時には、 真っ直ぐに立ってあなたを見つめたい。

そんな自分でありたい。


*****


日が頭上に昇る頃、たしぎはやっと砂浜を後にした。

疲労で、身体が思うように動かない。
ふらつきながら宿に帰り着いた。

ドアを開けると、入り口の真正面のテーブルに スモーカーが座っていた。

潰した時間を物語るように、目の前の灰皿には
葉巻の吸殻が、山になっていた。

時雨を携えたたしぎを見て、スモーカーは大きく目を見開いた。



〈続〉




H25.10.20