逢魔の夜に 2


ゾロがたどり着いた所は、小高い丘になっており、 林の中の、ぽっかりと開けた場所だった。

その真ん中に、先客がいた。
一人、たたずんで何も映さない漆黒の空を見上げていた。
暗闇にその姿が今にも溶けてしまいそうだった。

声をかけようとして、躊躇する。何かが違う。
生ぬるい空気がまとわりつく。
木々のざわめきは、何かの気配のようだった。

ロロノア、あなたを全て受け入れると決めたのに、 私の心は、そんなに強くはなかった。

ゆらり。
たしぎの身体が、揺れた。

振り返り、ゾロを見る。
「私に、勝てると思ってんの?」 くすっと馬鹿にしたように笑う。

誰だ、お前。

「わたし?・・・」
唾を飲み込もうと、喉が上下する。 口の中がカラカラだ。

「く・い・な。」一言一言、言い聞かせるように唱える。

「嘘だ、てめえはくいなじゃねえ。 くいなである訳がねえ。何言ってるんだ!」
馬鹿にするのもいい加減にしろよ。

「じゃあ、勝負する?ゾロじゃ、私に勝てないよ。」

すっと手を差し出す。
「私の刀。」その目は、和道一文字を、まっすぐに捉えていた。

一瞬、この刀を手に入れたくての、狂言なのかと疑う。
しかし、たしぎの目からは、何の意図も読みとれず、その当たり前のように刀を 求める姿が、不気味だった。

もし、お前が、くいなと言うのなら、この刀で、オレに勝ってみろ。
ゾロは、和道一文字を、腰から抜くと、鞘を持って差し出す。

柄を握ると、すっと抜く、ゾロの手から鞘が落ちる。
鞘などいらぬと言うのか。
こいつは剣士じゃねぇな。何者なんだ。

無言で構えるくいな、いや、たしぎ。
ゾロは、鬼鉄を抜いて、構える。
しゅっと、一瞬だけ、鬼鉄の妖気が吸い取られる。
どんっ、それに反発するかのように、妖気が跳ね上がる。
なんだ、これは。
こんな、鬼鉄は見たことがない。

心臓の鼓動が聞こえる。
一文字を構えたたしぎは、笑みさえ浮かべている。
かかって、おいで。

感覚が狂う。オレは、あの時のオレなのか?
月夜の晩に、真剣で勝負した、あの時の感覚が、鮮明によみがえる。
オレハ、マタ、マケルノカ。

ガキン、白い火花が散る。刀をあわせる毎に、鬼鉄の禍々しさが、鈍くなる。
斬れない相手。

和道一文字が、ゾロの頬をかすめる。
「言ったでしょ。ゾロは、私に勝てないの。」

くそっ。
その視線の先に、たしぎの愛刀、時雨が目に入る。
地面に落ちたその刀は、たしぎが、肌身離さず、共に死線をくぐり抜けてきた分身じゃないのか。

「お前は、たしぎだろ。いつまでも、寝ぼけてんじゃねえ。」
ゾロは、鬼鉄を鞘に収める。
そして、横たわる時雨を拾い、静かに抜く。
細く、しなやかな刀だ。

ペロッと、刃を舐める。
てめえの、主人の目、醒まさせてやろうぜ。

「いくぜ。たしぎ!おまえは、たしぎだろ。くいなじゃねえ。 自分が一番わかってんだろ。しっかり、受け止めろよ。」

時雨はどこまでも、真っすぐで、たしぎの心の闇を貫くかのように、 輝きを増す。

ぐっと鍔を迫り合せると、たしぎの顔が、苦しそうに歪む。
「くっ。」

ガッ、和道一文字がたしぎの手からはじけ飛ぶ。
くるくると弧を描きながら、地面に突き刺さる。

女の悲しげな叫び声が辺りにこだまする。
それが鳥の鳴き声だと気づいたのは、羽ばたく音が、闇夜を揺らしたからだった。
たしぎが、鳴き声のする空へ顔を向ける。

そして、ゆっくりとゾロの方へ振り返ると、膝から崩れ落ちる。
最後の一瞬だけゾロと、目があった。

ゴメンね。

声が聞こえた気がした。



〈続〉